「07その他」の記事一覧(14 / 220ページ)

同人誌は敷居が上がりすぎ? 多忙な消費の陰で、文化が衰退期に向かう可能性

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「togetter」より。

 出版業界が年々市場を減らしている一方で、活況が止まるところを知らないと見られている同人誌市場。しかし、その同人誌も今や「敷居が上がりすぎて、新規では参入しにくくなっている」という問題提起が注目を集めている。

 いったい、いつの間にそんなことになったのか……?

 togetterでも、まとめられているこの話題(https://togetter.com/li/1084709)。

 敷居が高いと感じる人々が主張するのは、本気度の高い人が増えたということ。かつて、地方や中小のイベントではラミカやシール、便せん程度で気軽に参加している人が多かった。今では、そうしたサークル参加者が減っていることは確かなことのようだ。ある即売会関係者は語る。

「今ではpixivなどで作品を公開することもできますから、実際に本を出すことは、一段ステージの高いものだと認識されているのでしょう。とはいえ、グッズは小ロットでも作りやすくなりました。昔みたいな手作りのラミカは減りましたけどね」

 かつては、交流目的でグッズを制作してサークル参加する人も多かった。しかし現在では、わざわざ出会いを探さなくても、ネットで気軽に交流することができる。結果、同人誌というものが、敷居が高い存在に見えているということのようだ。

 これに加えて、敷居が高いもののように見えている要因は、同人誌即売会が都市部で開催される大規模なものに集約されつつあること。とりわけ地方の即売会は、どこも縮小傾向にある。わざわざ地方の即売会に足を運ばなくても、都市部のそれで十分と考える人が多数派になっているからだ。

 つまり、様々な即売会をめぐって、新しい発見をしようとする意識を持っている人自体が減っているらしい。

「今や同人でなくても、公式でグッズは至れり尽くせりです。それに、ネットで見られる作品……たとえばpixivなどでも、とてもすべてを見ることが難しいくらいの量があふれています。わざわざ“もっと、すごいもの”を探そうという意識は起きないんじゃないでしょうか」(前述関係者)

 あらゆるコンテンツが豊かになったことで、消費することだけでも処理しきれない。結果、新しいものを探そうとか、作ろうという意識は鈍化しているということか。

 新しいものを生み出すことの楽しさを知る人が減ってしまえば、同人誌文化も衰退してしまう。けれども、それはわざわざ教えることができるものではない……。
(文=昼間たかし)

2016年の市場でデジタルが伸長しているけれど……それでもまだ、紙が優勢なマンガ市場の動向

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公益社団法人 全国出版協会・公式サイトより。

 もはや、マンガを紙の本で買う時代は終わりつつあるのか……?

 2016年の市場動向から、マンガが電子に移行している実態が明らかになってきた。2月に発表された出版科学研究所の調査によれば16年のコミック市場は、電子コミックスが前年比27.1%増の1,460億円となった。

 一方で、紙コミックスは7.4%減の1,947億円と、いよいよ2,000億円を割り込んでしまっている。

 では、市場全体が沈んでいるのかといえば、そんなことはない。紙と電子を合わせたコミックス・コミック誌総合計は0.4%増の4,454億円と微増しているのである。つまり、電子が紙を補完する形で市場自体は拡大しているというわけである。

 実際、出版社の収益でも、デジタルの負う部分は大きくなっている。2月に発表された講談社の決算報告(平成27年12月1日~平成28年11月30日)では、売上高のうち、デジタル・版権収入にあたる「事業収入」が前年度比29.7%増の283億5,300万円。雑誌(7.4%減)、書籍(1.1%減)を大きくカバーしているのだ。

 昨年5月に発表された小学館の決算(平成27年3月1日~平成28年2月29日)でも「出版売上」が前年度比13.1%減の一方で「デジタル収入」は54.4%増となっている。

 ここ数年、マンガ市場における電子の割合が増えているのは、紛れもない事実である。アプリやサイトなどで無料で配信した後に、紙、あるいは電子書籍で単行本として刊行するスタイルも当たり前になってきた。

 しかし、多くの編集者が口を揃えるのは「儲かるかどうかは、怪しい」という言葉。データを見る限りは微増しているのだが、その実感が現場には感じられないということか。

 ここで整理しなくてはならないのは、コミック市場で前年比27.1%増となった電子コミックの実態である。ある編集者に話を聞いたところ、次のような指摘が。

「紙で発行している雑誌や単行本の電子書籍は、伸びているでしょう。紙の下げ幅を電子書籍がカバーしているのは事実です。手に入りにくい関連本もカバーしているなど、電子書籍の利点のおかげで、プラスに見えますけど実際の市場は現状維持か、むしろ減っているんではないでしょうか」

 一口に「電子コミック市場」などの言い方がなされるが、「紙でも出しているマンガの雑誌・単行本の電子版→そこそこ売れている」「ウェブ発→ぜんぜん売れていない」というのが実情。とりわけ、乱立するウェブの媒体は成功しているとは言い難い。

 現に、ウェブ媒体で連載に連載されてアニメ化された作品は、どれもコケまくっている。ウェブを用いたプロモーションの効果は、ここ数年で効果が激減されたといわれているが、媒体も同様。無数の情報の森の中で、埋もれてしまっているのだ。

 つまり、いかに数字上はマンガにおける電子書籍の割合が増えたとはいえ「紙の時代が終わった」というわけではない様子。やはり、部数が減ったとはいえ、週単位・月単位で実物が店頭に並ぶことの価値は高いのか。
(文=昼間たかし)

「文化庁メディア芸術祭」で個人情報漏洩? 広報委託先業者が別業務に流用

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5年ぶりのワンマンライブを終えて——姫乃たまはアイドルになれたのか?

——地下アイドル“海”を潜行する、姫乃たまがつづる……アイドル界を取り巻くココロのお話。  割れんばかりの歓声に包まれながら、観客に背を向けないよう、笑顔で手を振って舞台から立ち去…

「ジャンプ」で“また”サッカーマンガ打ち切り! 『LIGHT WING』『少年疾駆』……サッカーマンガの歴史を振り返る!

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「週刊少年ジャンプ」公式サイトより。

 2月27日に発売された「週刊少年ジャンプ」(以下、「ジャンプ」)2017年13号で、サッカーマンガ『オレゴラッソ』(作:馬上鷹将)が最終回を迎えた。わずか12話、最終話直前に物語が7年後に飛んだ末での連載終了となったため、どう見ても打ち切りのように思えてしまう。“やはり”「ジャンプ」におけるサッカーマンガは鬼門のようだ。

「ジャンプ」のサッカーマンガと言えば、世界的に大ヒットした『キャプテン翼』(作:高橋陽一)があるのだが、それが偉大過ぎてか、その後のサッカーマンガが短命で終わりがち。

 最近の例を挙げていくと、02年連載スタートの『NUMBER10』(作:キユ)が10話で打ち切り。08年連載スタートの『マイスター』(作:加地君也)が10話で打ち切り。10年連載スタートの『少年疾駆』(作:附田祐斗)が15話。同じく10年連載スタートの『LIGHT WING』(作:神海英雄)が21話。11年連載スタートの『DOIS SOL』(作:村瀬克俊)が17話。そして14年連載スタートの『TOKYO WONDER BOYS』(原作:下山健人、漫画:伊達恒大)が10話で連載終了を迎えている。

 比較的長く連載が続いた作品として91~92年にかけて連載されたにわのまことの『超機動暴発蹴球野郎 リベロの武田』といった作品や、98年から02年にかけて全216話が連載された『ホイッスル!』(作:樋口大輔)といったヒット作もあるが、打率はかなり低めといえるだろう。

『LIGHT WING』の神海英雄はその後、吹奏楽をテーマにしたマンガ『SOUL CATCHER(S)』を「ジャンプ」で連載開始し、その後掲載誌を変えながら全89話を連載。『少年疾駆』の附田祐斗は現在好評連載中の料理マンガ『食戟のソーマ』で原作を担当するなど活躍しているので、「ジャンプ」でサッカーマンガを描いたマンガ家たちのスキルが低かったというわけでもない。

「ジャンプ」におけるサッカーマンガの敗北の数々はもはやネット上でネタ化しており、今回の『オレゴラッソ』打ち切りに対しても「ホント長続きしねえなwww」「ジャンプでサッカー漫画は悲しくなるからもうやめて」「まーたつきぬけてしまったか」といった声が。

 しかし、バスケマンガ界では『SLAM DUNK』(作:井上雄彦)という超偉大な作品と比べられながらも、『黒子のバスケ』(作:藤巻忠俊)が大成功を収めることができたため、いつか大ヒットするサッカーマンガが出る可能性は十分にある。

 サッカーは現実世界では世界的にもトップクラスの人気スポーツであるため、「ジャンプ」は何度打ち切りをだそうとも、ヒットした時の旨味を考えると、これからもサッカーマンガを量産し続けるだろう。メッシ、ジダン、ネイマール、ロナウジーニョ、インザーギ、フェルナンド・トーレス、デル・ピエロ、ハメス・ロドリゲスなど、世界最強プレイヤーたちに愛された『キャプテン翼』の跡を次ぐマンガはいつ誕生するのだろうか。

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不死身が悩みの種!? アメコミ“ベスト・オブ・グロテスク”シーンを大公開!『ローガン』

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『Wolverine:Old Man Logan』(Marvel)

 前回は今年公開の映画『ジャスティス・リーグ』が原作とどう違ってくるのかなどを取り上げた。今回は同じく映画公開(6月)が待ち遠しい『ローガン』に登場するある能力、描写についてお話ししたいと思う。

『X-MEN』シリーズでも登場したヒーロー「ウルヴァリン」が、自身の特殊能力を失いつつある晩世を描くという異色作『ローガン』。原作コミックは『Old Man Logan』(MARVEL)だ。

 主人公でミュータントであるウルヴァリンは、鋭い爪を持ったイメージが強いが、本来の力はどんな怪我からも回復することができる、治癒再生能力「ヒーリング・ファクター」。傷ついたり壊れたりした細胞を、人間よりも早く再生する治癒能力で、直接命にかかわるような部分でなければ、銃弾を受けた傷も数分で治せる。さらに、治癒能力の高さゆえ、毒物なども効かず、投薬しても解毒され、老化そのものも遅くなるために普通の人間と比べて寿命も長い。ただ、今回の映画では年月とともに治癒能力が弱くなったウルヴァリンが登場する。

「ヒーリング・ファクター」は、ウルヴァリンだけの能力ではない。ウルヴァリンの宿敵である「セイバートゥース」、ウルヴァリンの息子「ダケン」、ウルヴァリンの女性型クローンの「X-23」。ウルヴァリンの命を狙い続ける「レディ・デスストライク」などウルヴァリン周辺にたくさんいる。

 この無敵の「ヒーリング・ファクター」は、グロテスクな描写で描かれることが多い。腕がとれるなんて序の口。再生能力を使い、傷を負いながらも戦っている。

 アメコミにグロテスクな描写はつきものだが、映画化などをする際、ほとんど再現はできず、そのシーンは企画の段階でお蔵入りになってしまうという。ちなみに、『ローガン』はR指定ということが決定しており、過剰な暴力シーンやグロテスクな表現があるに違いない。

 長くなってしまったが、アメコミにおける“グロテスクな表現”を今回はご紹介。血しぶき撒き散らすそのさまを、ぜひとも堪能してもらいたいと思う。

 今回、私が腕によりをかけて選ぶ“ベスト・オブ・グロテスク”は……『デッドプールvs.カーネイジ』(小学館集英社プロダクション)より“血しぶきバトル”。『スパイダーマン:ブランニュー・デイ2』(同)より“悪役「フリーク」のグロすぎる姿”。『ULTIMATUM(アルティメイタム)』(MARVEL)より“33人以上のヒーローが序盤で死亡”だ。

 まず一つ目は『デッドプールvs.カーネイジ』。この作品は、マーベルコミックのキャラの中でも特にイカレた“2狂”が対決するというもの。デッドプールは、昨年映画化も果たしたが、「カーネイジ」を知らない人も多いだろう。彼は、スパイダーマンに登場する悪役で地球外寄生生物シンビオートが殺人鬼を宿主にした結果、大量殺人を繰り返すというトンデモない殺人狂だ。対するデッドプールの素っ頓狂さといえば、映画を見た方にはお分かりいただけるだろう。

 そんな2人がぶつかるってもんだから、カーネイジも赤けりゃデッドプールも真っ赤っか。内臓は飛び出すわ、街は火の海。女子供も容赦なしに殺されるという目を覆いたくなる展開の連続。とにかくやりすぎなのだが、デッドプールがいるおかげ(?)でどこか笑えるのは、読者のこちらも狂ってしまったからなのか……。

 次に『スパイダーマン:ブランニュー・デイ2』。ヒーロー活動を休止していたスパイダーマンが活動を再開するシリーズの2作目。ヒーローであるスパイダーマンが、連続殺人事件の容疑者としてマークされるなど、次々と災難が降りかかる。

 この作品の中で、ニューヨーク市民を脅かす新たなヴィランの「フリーク」。麻薬中毒者の男がクスリを求めるあまりに、たまたま侵入した研究所で勘違いして幹細胞血清を打ってしまい、異形の化け物「フリーク」と化して街で暴れ始めるという内容だが、そのビジュアルが凄まじいまでのグロさ。筋肉丸見えの人体模型のような容姿だが、それは第一形態なのだ。

 フリークは“一度死亡すると、その死に至った要因(弱点)を克服して復活する”という厄介な能力を持っているため、復活するたびにフォルムがよりグロテスクになっていく。

 そして最後は『ULTIMATUM(アルティメイタム)』。映画『アベンジャーズ』の原案としても知られている同シリーズだが、『アルティメイタム』は衝撃の展開とグロさで、アメコミファンの間で知られている。

 この作品のグロさ、それは序盤で33人以上のヒーローが死亡する超絶鬱展開。ファンからは賛否両論も多かったが、耐性があるはずの自分も読んで思わず「マジか!」と声を上げてしまった。

 簡単に説明すると、ニューヨークを大洪水が襲い、一夜にして数100万人の市民が死亡。全国民が氷漬けになったり、火山が爆発したりする。さらに、各地で自爆テロが横行するなど、まさに世紀末。これらがすべてX-MENの宿敵「マグニートー」が仕掛けたものだと判明し、X-MENとアベンジャーズたちが立ち上がるというものだ。

 しかし、序盤で大量のヒーローが無残にも死亡。内臓が飛び出した状態で死んだり、巨大な敵に頭をもぎとられるわ、爆弾で四散するなど、とにかく次々と殺されていく。ほぼ不死身のウルヴァリンでさえ、味方の誤射を浴びたあげく敵のマグニートーにとどめを刺されて死亡。あちこちでヒーローたちが死にまくる、死屍累々のスプラッタ展開の作品も珍しいので逆に必見だ。

 今回はグロテスクな作品を3つ紹介したが、アメコミはまだまだ奥深い。精神的にグロテスクなものもたくさん。もちろんグロテスクではないものも。最近では日本の漫画界でも、絶望感たっぷりのグロテスクな表現の作品も人気になっているので、好きな人にはぜひ見てほしい作品を選んでいる。気になった人はご一読を!
(文=大野なおと)

アメコミ実写化奇譚の過去の記事はこちら

女優の素のかわいらしさを引き出すのが天才的にうまい! 今泉力哉監督の新境地『退屈な日々にさようならを』

女優の素のかわいらしさを引き出すのが天才的にうまい! 今泉力哉監督の新境地『退屈な日々にさようならを』の画像1
松本まりかをはじめ、女優陣の美しさが目に焼き付く注目の映画『退屈な日々にさようならを』。

 SFアニメ『蒼穹のファフナー』や人気ゲーム『FINAL FANTASY X』などで声優としても活躍する女優・松本まりかがメインキャストを演じている実写映画『退屈な日々にさようならを』は注目の作品だ。本作を撮ったのは『こっぴどい猫』(12年)、『サッドティー』(13年)、『知らない、ふたり』(16年)など恋愛をテーマにしたユーモラスな群像劇を生み出している才人・今泉力哉監督。本作もまた今泉監督ならではの、人を好きになることのおかしみと切なさが巧みにブレンドされたオリジナル作品となっている。

『退屈な日々にさようならを』は、売れない映画監督・梶原(矢作優)のダメダメな日常生活から始まる。梶原は監督業では食べていけず、同棲中の彼女・佐知子(村田唯)との関係も怪しい雲行きに。自主映画仲間の上映会に顔を出しては一方的にダメ出しして、みんなから嫌われまくる始末。悪酔いしてサイテーの一夜を過ごす梶原だが、その夜に知り合った男の紹介で、新人女性タレント(カネコアヤノ)のミュージックビデオを撮ることになる。だが、せっかくの仕事も、売れない監督ならではの妙なこだわりを発揮して、暗礁に乗り上げてしまう。

 一方、とある田舎。亡くなった父親の後を継いで造園業を営んでいた太郎(内堀太郎)だが、景気の悪さから店を畳むことに。実家でまったりとした日々を過ごしていると、太郎の双子の弟・次郎の彼女だという青葉(松本まりか)から連絡があり、「彼が姿を消した」と知らせてきた。次郎は18歳のときに実家を出てから音信不通状態だったので、次郎が東京で生きていたことを知って、太郎たち一家は青葉の知らせに逆に安堵する。まったく関係ないと思われた梶原のミュージックビデオの撮影と田舎で暮らす太郎たちの生活が、青葉を接点にして思いがけない方向へと転がっていく。

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映画監督の梶原(矢作優)が悪酔いから目を覚ますと、そこは若い女性だらけの謎のコミュニティーだった。

 今泉監督は女優をかわいらしく、美しく撮り上げ、さらに他の監督たちがまだ見出していない隠れた素顔を引き出すことに天才的な才能を発揮する演出家だ。本作でも、今泉作品に初参加となった松本まりかの魅力をぐいぐいとスクリーン上に押し広げてみせる。東京でインディペンデント系の映画を撮っていた次郎(内堀太郎2役)は、地道に女優活動をしている青葉と一緒に暮らしていた。恋する2人の回想シーンがあまりにも素晴しい。ただ2人がアパートで朝食を摂るだけの場面なのだが、わがままな青葉が食パンの耳を残して、パンの柔らかい部分だけを食べている様子を次郎は愛おしそうに見つめ、次郎は自分の食パンの耳を外して、彼女に渡す。テーブルには2枚の食パンと一人分の牛乳があるだけのシンプルな設定ながら、恋愛期にある恋人たちの心の満たされ加減を200%表現してみせている。ちなみにこのシーンの2人のやりとりは、撮影現場でのアドリブだったらしい。

 男と女の感情の機微をこれまで笑いを交えて描いてきた今泉監督だが、今回は人間の生き死にについて言及した、これまでになく陰影のあるドラマとなっている。実は今泉監督は福島県出身。6年前に大災害を経験した故郷の人々の喪失感に、そっと寄り添う作品に本作を仕立てている。試写会場のロビーに佇んでいた今泉監督はこう語った。

「特に震災を意識して撮った作品というわけではありませんが、僕が生まれ育った福島を舞台にした映画はずっと撮りたいなと考えていたんです。2015年に僕は初めての舞台『アジェについて』を上演したんですが、そのときの内容が人間の生き死にと記憶についてのものだったので、そのテーマをより掘り下げた形で映画化したのが『退屈な日々にさようならを』なんです。映画に出てくる太郎の家は僕の実家で、近所の公園は僕が子どもの頃に遊んでいた思い出の場所です(笑)」(今泉監督)

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青葉(松本まりか)は次郎がいなくなったことを次郎の兄・太郎(内堀太郎)に伝えに現われる。

 物語の後半、太郎の家を青葉が訪問する。弟の恋人が思いがけず美人だったので、あわてふためく太郎。弟が行方不明だというのに、「彼の生まれた街を見てみたかった」という青葉のために、あれこれと地元の名所を案内しようと張り切る。太郎一家に歓迎され、青葉も笑顔をこぼす。ところが、行方不明中であるはずの次郎はすでに他界しており、青葉は太郎たちに嘘を吐いていたことが明るみになる。

「死んだことを知らなければ、知らない人の中では生きていることになるのではないか。死んだことを知らない人たちが暮らしている街に行けば、もしかしたら生きているあの人に逢えるんじゃないかと思った」と青葉はおかしな理屈で弁解する。次郎の死をなかったことにしようとする青葉の行為は、世間の常識から大きく逸脱したものだし、青葉が吐いた嘘は太郎たち家族をぬか喜びさせ、彼らの感情を弄んだことになる。でも、嘘を吐いている青葉自身が大切なパートナーを失ったことに対する心の整理がまだできていない状態であり、太郎たち家族と一緒に次郎の不在を哀しみ、そして生前の次郎の思い出をお互いに共有しあうことで彼の死を少しずつ受け入れていこうとする。

 映画というメディアは、どうしようもなく過去を映し出していくものだ。どんなに輝いている人を撮っても、カメラに記録した瞬間からどんどん過去のものとなっていく。映画を愛するということは、過ぎ去った記憶を愛するということでもある。恋愛感情は時間の経過と共に次第に冷めていくことは否めないが、でもその人を愛したという記憶は一生心に残る。すでに失われた愛も、これから始まるかもしれない恋も、すべてを等価値として温かく包み込む包容力が、今泉監督作品には備わっている。
(文=長野辰次)

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『退屈な日々にさようならを』
監督・脚本/今泉力哉
主題歌/カネコアヤノ「退屈な日々にさようならを」
出演/内堀太郎、矢作優、村田唯、清田智彦、秋葉美希、猫目はち、りりか、安田茉央、小池まり、疋田健人、川島彩香、水森千晴、カネコアヤノ、松本まりか
配給/ENBUゼミナール 2月25日(土)より新宿K’s cinemaほか全国公開
(c)ENBUゼミナール
http://tai-sayo.com

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