「14ウーマン」の記事一覧(16 / 175ページ)

西山茉希、バーニング社長を激怒させ絶体絶命!? 新事務所移籍のキナ臭い舞台裏

 所属事務所社長による“奴隷契約”を、一部週刊誌の取材に応じる形で“暴露”した西山茉希が、バーニングプロダクション傘下の「Grick」に移籍したことを明かした。芸能界で相次ぐ移籍トラブルを、うまく乗り越えたかのように見えるが、「水面下では“芸能界のドン”が激怒する、一大トラブルに巻き込まれていた」(広告代理店関係者)という。

 西山は6月発売の「女性自身」(光文社)で、事務所からギャラが数カ月も支払われていないこと、また事務所としての機能も停止した状態で、仕事をしたくてもできない現状を告白。その後、しばらく近況は聞こえてこなかったが、9月6日付のブログで「今後はGrick株式会社に所属となります」と報告した。

「同社は“芸能界のドン”ことバーニングプロダクション・周防郁雄社長の義理の息子が代表を務めており、西山は、まさに“バーニングの息がかかった事務所”へ移籍となりました。そもそも、確執が伝えられている前事務所・I社長も、元々はフロム・ファーストプロダクションというバーニング系事務所の出身だけに、今回のトラブルは“身内での揉め事”以外の何物でもありません」(芸能プロマネジャー)

 しかし、移籍は円満には進まなかったようだ。事の発端となる「自身」での暴露に関しては、“出版界のドン”とされる人物が、陰で糸を引いていたという。

「幻冬舎の見城徹社長です。西山は、親族が幻冬舎に勤めている縁もあって、見城社長とは懇意の関係だった。そして移籍の相談をするうちに、マスコミを使ってI社長の悪行を暴露するという手段を提案されたそう。しかし、いちタレントが告発するという身勝手な行動に、周防社長が激怒してしまったというんです」(前出・関係者)

 西山としては、見城社長がコントロールしている“告発”である以上、当然“盟友”とされる周防社長にも、話は通っていると思っていたようだ。

「しかし近年、周防社長と見城社長は、関係が悪化しつつあると言われていますからね。見城社長は何を思ったのか、あえて周防社長に黙ったまま、西山を勝手に行動させてしまったんです。結果、西山は周防社長に何度も謝罪し、結局は、彼の息がかかったプロダクションに移籍することで、なんとか手打ちに。しかしペナルティとして、西山がレギュラーMCだった秋の大型音楽番組『ベストヒット歌謡祭』(日本テレビ系)は、降板させられてしまったそうです」(同)

 なお、前事務所のI社長は「いまだ西山に対して『このままでは終わらせない』と息巻いている」(同)という。辛うじてバーニングの加護を得た西山だが、かつてのように華々しい芸能生活を送ることはできるのだろうか。

コロンブスの銅像を撤去せよ!~新大陸 “発見”と大虐殺

 今、全米各地のコロンブスの銅像にペンキがかけられる、頭部がはねられる、台座が壊されるといった事件が続いている。

 きっかけは8月12日にヴァージニア州シャーロッツヴィルで起こった白人至上主義者によるデモだ。同市の公園にある南北戦争時の南軍ロバート・E・リー将軍の銅像が「奴隷制の象徴」として撤去されることが決まったところ、KKK、ネオナチ、オルタ・ライトといった白人至上主義者が撤去反対を訴えて集まった。それに対する抗議者のグループとのあいだで暴力的な衝突が起こり、抗議者側の女性1名が亡くなり、20名近くが重軽傷を負う惨事となった。

 この事件をきっかけに、「では、他の抑圧者の銅像はどうする?」という議論が持ち上がった。これはまさにアメリカにとってパンドラの箱だった。アメリカ合衆国とはヨーロッパ人が先住民を追い立て、殺し、アフリカから黒人を誘拐し、奴隷として強制労働させたことによって繁栄した国だ。英雄と称される抑圧者は多数存在し、その銅像も全米各地に無数にある。そして、その筆頭がコロンブスなのだ。

残忍な虐殺者としてのコロンブス

コロンブスの銅像を撤去せよ!~新大陸 発見と大虐殺の画像2
クリストファー・コロンブス(c.1451 – 1506)(wikipediaより)
 コロンブスといえば、日本でも「新大陸発見」をした偉人として世界史でかならず習う。とはいえ、日本からは遠く離れた場所のハナシであり、日本人にとってはそれ以上でも、それ以下でもなく、試験のための暗記事項のひとつに過ぎない。

 だが、アメリカス(北米・中米・南米を総称する場合、アメリカスと複数形にする)の歴史はコロンブスによって劇的に変えられてしまった。その史実を「功績」とするのは侵略した側であるヨーロッパ系の子孫であり、侵略された側の先住民と、奴隷として連行されたアフリカ人の子孫はコロンブスを「残忍な虐殺者」と捉えている。

 クリストファー・コロンブスは1451年頃にイタリアで誕生したとされている。成長して航海士、冒険家となり、当時、盛大な国力を誇ったスペインの支援により1492年にインドを目指して出航。同年の秋、インドではなくカリブ海のサンサルバドル島(ハバナ)にたどり着き、続いてフアナ島(キューバ)、エスパニョーラ島(ハイチ/ドミニカ共和国)にも上陸。以後1502年までに計4回、ヨーロッパ~カリブ海(西インド諸島)間の航海を繰り返した。

 当時のヨーロッパ人が欲していたスパイスと金が採れることから、西インド諸島は次々と欧州の植民地とされた。どの島にも先住民が暮らしており、「平和的かつ友好的」で「ものを所有する概念が薄く」、かつ「体躯ががっしり」していた。それを見たコロンブスは、サンサルバドル島に到着した初日の日誌に「優れた奴隷になるだろう」と記している。また、キリスト教の布教も容易におこなえると考えた。

 日誌の文面どおり、コロンブスは先住民を奴隷化し、過酷な労働を課した。だが先住民にも奴隷となることを拒む者たちがいた。コロンブスとその配下は非常に残忍な方法で先住民を大量虐殺し、見せしめとして切り刻んだ身体のパーツを屋外で晒すことすらあった。女性へのレイプも当然のようにおこなわれた。また、先住民を奴隷としてスペインに連れて行くこともした。さらには意図的ではないにせよ、当時のカリブ海には存在しなかった伝染病をヨーロッパから持ち込んで蔓延させることもしてしまった。その結果、島々の先住民はコロンブスの到着から約60年後にほぼ全滅してしまうのである。

 コロンブスは西インド諸島での残忍な行為と統治能力の欠如によりスペインで裁判にかけられるが、有罪を逃れる。その数年後の1506年、スペインで死去。その後もヨーロッパ人のアメリカス侵略は続き、南米、北米にも及んだ。

 17世紀になるとヨーロッパ人はアフリカ人を捉え、奴隷として西インド諸島へ送り込み始めた。黒人奴隷制といえば北米が知られるが、実は西インド諸島で先に始まっている。今、ジャマイカ、ドミニカ共和国、ハイチ、プエルトリコ、トリニダード&トバゴといった西インド諸島に黒人が暮らしているのはこれが理由だ。かつ身分や立場の違いを超え、先住民、ヨーロッパ人、黒人の混血も進んだ。中南米の人々の外観が多様な理由だ。

 現在は中南米国のほとんどが植民地から脱して独立国となっているが、経済的、または政治的に不安定な国が多い。そのため、アメリカ合衆国へ大量の移民がやって来る。今ではアメリカ生まれの二世や三世も無数にいる。彼らが全米各地で見ることになるのが、侵略者にして虐殺者のコロンブスの銅像なのである。

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インドのつもりのカリブ海

 コロンブスには日本ではあまり知られていない歴史が他にもある。コロンブスは主にカリブ海の島々に通い、かつ南米(ヴェネズエラ)、中米(ホンジュラスなど)には上陸しているが、北米大陸に足を踏み入れたことはない。

 いずれにせよ島々にも大陸にも先住民が暮らしており、コロンブスが「発見」したわけではない。また、コロンブスはアメリカスにやってきた「最初のヨーロッパ人」でもない。11世紀にヴァイキングのレイフ・エリクソンが訪れていることが定説となっている。

 コロンブスの航海は言葉の齟齬(そご)も起こしてしまった。まず、コロンブスは自分がたどり着いたカリブ海の島々を「インド」と信じていた。したがって先住民をインディオ/インディアン(インド人)と呼んだ。これが元となり、先住民全般をインディオ/インディアン(現在、米国ではネイティヴ・アメリカン)と呼ぶようになった。後になって本物のインドは東(アジア)にあることが分かり、カリブ海の島々は「西インド諸島」、そこに住む人々は「ウェスト・インディアン」と呼ばれることとなった。ゆえに今も英語での会話では稀に「その Indian って、どの Indian のこと?」と聞き返さなければならないことがある。

コロンブスはイタリア系市民の誇り

 先住民への残虐な行為からコロンブスの英雄視を止めようという声はこれまでにもあったが、今回のヴァージニア州の件を受け、反コロンブスの空気が一気に広がった。各地の行政首長が銅像撤去の検討を発表する中、待ちきれない者たちがコロンブス像の破壊に走っているのだ。他方、イタリア系市民にとってコロンブスは偉大なる英雄だ。

 ヴァージニア州の事件後、全米各地で5体のコロンブス像が被害に遭っており、うち一件はニューヨーク市内の住宅地区で起こっている。台座に青いスプレー塗料で「虐殺を称えるな」「(銅像を)壊してしまえ」と書かれている。

 この件はニューヨーク市長の発言に関連していると思われる。先月、市長は「ニューヨーク市有地にある銅像や記念碑の適性を検討する」と語った。複数あるコロンブス像も含まれるわけだが、この提言は市長自身に激しくバックラッシュした。

 ニューヨーク市の白人にはイタリア系が非常に多い。イタリア系市民にとって祖国イタリアで生まれ、アメリカを「発見」したコロンブスはヒーローだ。彼らのプライドの象徴が、マンハッタンにあるコロンブス像だ。セントラルパーク近くの一角はその名も “コロンバス・サークル” という広場になっており、21メートルもの柱の上に立つコロンブス像がある。この像はコロンブスの新世界 “発見” 400周年にあたる1892年に、当時ニューヨークにあったイタリア語の新聞社がスポンサーとなり、イタリア人の彫刻家に依頼して制作したものだ。

 アメリカではかつて白人の中にも出身国別のヒエラルキーがあり、イタリア系は底辺に置かれて苦労をした辛い歴史がある。だからこそ今も同胞の英雄が必要なのだ。コロンブス像を撤去検討のリストに含められたことに、ニューヨークのイタリア系市民は激怒した。市長自身もイタリア系であることから「裏切り者」扱いとなった。市長は今年の秋に再選挙を控えていることから譲歩せざるを得ず、今は撤去について言葉をにごしている。さらに10月9日の “コロンバス・デイ” のパレードにも参加すると表明した。

 コロンバス・デイはコロンブスが初めてサンサルバドル島に上陸した日にちなみ、今では10月の第2月曜日となっている。かつては全米各地でそれぞれに祝われていたが、連邦の祝日(日本の “国民の祝日” にあたる)に格上げされたのは、やはりニューヨーク市のイタリア系市民の尽力による。この日は全米各地でパレードがおこなわれるが、ニューヨークのものが最大規模であり、イタリア系市民のエスニック・パレードと呼べるものとなっている。

 ニューヨークでは盛大に祝われるコロンバス・デイだが、コロンブスの所業に異を唱え、祝日の名称を「ネイティヴ・アメリカンの日」などに変えた州、さらには祝日を実践せず、平日としている州がある。先日、ロサンゼルス市も名称をコロンバス・デイから「先住民の日(Indigenous Peoples Day)」に変更する発表をおこなった。

 若く、自由で、リベラルな国であるはずのアメリカ合衆国だが、実は暗く重い過去を背負っている。現在の繁栄は “光と陰” の光の部分だ。同じひとつの銅像が光の側にいるか、陰に押し込められた側にいるかによって全く異なって見える。コロンブス像の運命や如何に。
(堂本かおる)

性器のビラビラに突如、異変が! 整形手術で切ってしまおうかと悩んだ日々

 体の小さな不快って、一度感じるとずーっと気になるものですよね。たとえば耳の奥の、かゆみ。ガマンできないほどではない。綿棒さえあれば一発で解消できる。でも仕事中だとそれができない。気を取られて、集中力を欠いてしまうこともしばしばです。または、顔の目立つところにできてしまったニキビ。実際にはたいしたことがなくて、気にしているのは自分だけ。なのにジンジン熱を持ったようにすら感じてしまう。ほかにも靴ずれとか、指のささくれとか。いろいろありますよね。

 先日、ショーツのなかでそれが起きてしまい数日間、悩みました。なんだかよくわからないけど、落ち着かない。“座りが悪い”とでもいうのか……そう、まさに座っているときに違和感がある。自転車をこいでいる最中もおかしな感じ。何度おしりをズラして座りなおしても、ベストな位置がみつからず、サドルのうえでモゾモゾモゾモゾ。

 やがて気づきました。

「もしかして私、小陰唇が大きくなってる!?!?!?」

 私は日常的に、Tバックを好んで履きます。股布部分も小さめ。ずっと以前はこの手のショーツを敬遠していました。だって、ヘアがはみ出てステキじゃないから。でも脱毛を重ねてほぼ無毛になったいまは、超快適な履き心地! のはずだったのに、なんだか窮屈になってきたのです。収まりが悪いんです。その原因は、小陰唇にあるという事実から目をそらせなくなりました。

ビラビラの不調でQOLが下がる

 いまさらではありますが、小陰唇とは女性器の入口を縁取るビラビラです。大きさには個人差があります。私は某所で月にのべ約20人分ほどのナマ女性器を見る機会があります。プロフェッショナルな女性たちなのでその部分にも外科的な処置をしている可能性はありますが、全体の傾向としてビラビラはとても小さめ。それでも実に人それぞれです。すべてその人の個性になっていると、きれい事ではなく思うのです。

 あらためて見ると私のビラビラはそもそも大きめ。へアがないから余計に目立ちやすい。ただでさえそうなのに、それが大きくなっているだと? 正確にいうと縦に伸びている感じなんです。

 これは困る! おまけに理由もわからない! ショーツに収まらないわ、座っているときに圧迫されて痛みも出るわ、自転車をこぐと擦れた感じがするわ、スポーツジムで運動するときにも気になってしょうがないわ……。不快感はもとより、QOLがダダ落ちです。

 小陰唇のサイズや形は十人十色ですが、大きくなるにはそれなりの理由があることも少なくないそうです。具体的にはもともとの体質や、“刺激”です。何かに恒常的に擦れたり触れたりすることで、大きくなってしまうのだとか。といっても、別にお餅じゃないので、ちょっと触れたぐらいではすぐに伸びませんけどね。

 バイブコレクターとして日ごろ性器に刺激を与えていますが、もう何年も前からずっとしていることだし、急にサイズアップする理由にはなりません。第一、小陰唇“だけ”に特別強い刺激を与えた覚えもない。ここは男性でいうとタマ袋に相当するので性感帯ではありますが、ことさら小陰唇をピンポイントに刺激する習慣は私にはないのです。

 じゃあ、なんで大きくなったのか……と原因を探るより前に、まずはこの不快感をなんとかしなきゃ。座るだけで圧迫されるんだから、さっさと解決しないとますます大きくなってしまう! と仕事中もプライベートの時間も常に頭の片隅には小陰唇のことがありました。

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 そこで不快感から逃れたい一心で、ネットで「小陰唇 縮小 手術」と検索しました。ビラビラを切ってしまおうと思い立ったのです。私のように日常生活に支障があると申告すれば、婦人科において保険適応で切除できると聞いたことがあります。でも調べているうちに、欲が出てくるわけです。どうせ切るなら美マンにしたい、と。

 切除後の見た目にこだわってきれいに手術してもらうには、やはり美容目的で手術する人が多い婦人科形成のほうがベターではないか。そうやって調べていくうちに、だんだん決意が固まっていきました。費用は初診なども合わせて10万ほど見ておくべきか。う~ん、痛い出費だけどしょうがない。

 お金の心配はあるものの、このときの私は気持ちが高揚してもいました。当連載でも以前「女性器コンプレックスはどうして生まれるか? そして、その解消法とは?」として書きましたが、私にも小さくはない性器コンプレックスがあります。だからこそ、昨今の「女性器をお手入れして、女性として輝こう!」的な風潮に反発してしまうのです。女性同士でもあまり共有されてないからこそ深くなりがちなコンプレックスにつけ込んで、おかしな言説を撒き散らすのは、女性をバカにしているとしか思えません。

ビラビラ肥大化の原因が判明

 これを機に、思い切ってコンプレックスから解放されてしまおう! そう腹を据えると、かえってワクワクしてきたのです。手術を受け、ビラビラとコンプレックスの両方を切り落とす。いいじゃないですか~。

 ………………と思ったのですが、私のビラビラ、数日後には元に戻りました。

 どうやらカンジダ膣炎の影響だったようです。これまでの経験上、私の場合は症状としておりものよりも性器のかゆみが強く出る傾向があるとわかってはいたのですが、今回はそのかゆみによって小陰唇がかすかに腫れ、結果、大きくなったと感じていたようなのです。

 しょーもないオチですみません! ある瞬間、「あ、これカンジダかも」と気づき、病院で薬を入れてもらいました。なんといっても昨年は4回も発症した私です。今年は、コレが初めて。最初に訪れるムズムズ感を性欲と錯覚することはこれまでにもありましたが、小陰唇がこうなった経験はこれまでなく、カンジダだと気づかなかったのです。今後、症状が出たらすみやかに病院に行けるよう、「カンジダの症状として、かゆみから小陰唇が腫れることがある」と脳にはっきりメモしておきました。

 でも今回、思いもかけず意識した小陰唇の縮小手術。私はその魅力に取りつかれてしまったようです。切迫した必要性はなくなったけれど、いつかやってみてもいいかもしれない。ヘアをなくして小さなショーツが履けるようになったのと同じように、切ってしまうことで得られるものがあるなら、それは挑戦する価値があるのではないか。

 不快感から開放され、いまはそんな思いにとらわれています。今後まじめに検討していくつもりです。

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浜崎あゆみ、人気低下でアリーナからホール落ちも……“定価割れチケット”続出の崖っぷち

 浜崎あゆみが、自身初となるホールツアー『Just the beginning -20- TOUR 2017』をスタートさせた。アリーナよりも小規模なホール会場は、良くいえばファンと近距離での交流を図れるが、「アリーナの席を埋められなくなった浜崎は“格落ち”したということ」(音楽レーベル関係者)だそうだ。

「9月6日にパシフィコ横浜で迎えた初日について、複数のスポーツ紙が取り上げています。報道によれば、浜崎の発案でホールツアーが実現したといい、一部では『ファンと密接交流を満喫』などと伝えられていますが、実際は人気低迷が原因。浜崎は、以前からアリーナでのコンサートチケットがかなり売れ残るようになっていましたから……。当然、CDも売れなくなり、2013年までは連続出場していた『NHK紅白歌合戦』からも、14年以降姿を消しています」(芸能ライター)

 浜崎本人は当時、Twitterで「NHKホール卒業させて頂きます」と、あくまでも“落選”ではなく“卒業”だと発言していたが、そんな浜崎に対し、ネット上では「物は言い様だね」などと呆れた声が飛び交っていた。

「エイベックス内でも、昨年から利益重視の改革が進められており、すっかり不良債権化した浜崎へも“赤字チェック”が入った。本人は頑なにアリーナなど大規模会場を熱望していたようですが、チケットが売れない実情には抗えず、ホール公演を受け入れざるを得なかったとみられます」(前出・関係者)

 ところが、浜崎はホールのチケット販売でも苦戦中のようだ。

「チケット情報を確認すると、9月28日に静岡市民文化会館で行われる公演のチケットが、7日時点でまだ受付中。約2,000人のキャパシティしかない同ホールでも売れ残っているのだから、1万人規模のアリーナが埋まるワケがありません。また、パシフィコ横浜公演の2日目、7日当日のチケットに至っては、オークションサイトで低下割れの投げ売り中。この調子では、今後ホールツアーで出向く地方が大幅に減らされそうです」(同)

 こうした現状を、かつての“歌姫”はどのような思いで眺めているのだろうか。

シワシワ扱いされた梨花・松嶋菜々子・YOU 女優のシワと「劣化」問題

 映像技術の向上により、私たちはテレビやパソコンやスマホで高画質の映像を楽しめるようになった。今はもうすっかり慣れてしまって「これが普通」だが、90年代や00年代前半の“アナログ放送”“ビデオ”とは比べ物にならない美しさであることは間違いない。家電量販店へ足を運べば、テレビ売り場は各家電メーカーが競うように「最新機器に買い換えれば、高画質の美麗な映像が見られる」とPRし、高画質かつ大画面のテレビを売り出している。

 映像美にこだわる制作者や視聴者にとっては良い時代なのかもしれないが、“映される立場の人たち”および彼ら彼女らを支える立場の人たちにとっては、困った話でもあるだろう。被写体の肌や髪の状態も“しっかり”映されるのだから、ますます手が抜けなくなってしまう。

 さらに、情報技術も進歩しインターネットが行き渡った現代、一度放送された映像はその日のうちにネット上にアップされ、削除してもまたアップされ……のいたちごっこで、映像から一瞬を切り取った画像も瞬く間に拡散されていく。SNSやブログではイチ視聴者の感想(画像が添付されることも多い)が溢れ、「劣化」「肌ヤバ」なんてコメントをまとめた記事が作成されたりもする。おまけに……こんなアンケートまで存在する。

▼3位梨花!男性が選ぶ「美人だけど…シワが目立つ芸能人」1位は

 小学館運営のWebメディア「美レンジャー」が、20~40代の男性500名に実施したアンケート「美人だけどシワが目立つと思う女性芸能人は?」の集計結果である。こういうアンケートを行ってその結果を発表すること自体が、「女性は見た目で判断・差別される(判断・差別をしてもいい)」と肯定していることと同義で、ユーザーも「この女優はシワシワだ」と回答することに疑問や罪悪感を抱くことはないのだろう。

 序文で<年齢不詳な美女揃いの芸能界。しかしテレビを観ていると「あれ? この人シワがすごい」と、二度見してしまったことはありませんか?>と読者に語り掛けているのも、一億総小姑社会・一億総監視社会を表している。「美人だけど…シワが目立つ芸能人」その結果は以下の通りだった。

1位:YOU(53)
2位:松嶋菜々子(43)
3位:梨花(44)
4位:長谷川京子(39)
5位:沢尻エリカ(31)
6位:浜崎あゆみ(38)、釈由美子(39)
8位:木下優樹菜(29)
9位:長澤まさみ(30)

 ランクインしている10名は、概ね30~50代の女性芸能人。全員、かれこれ10年ないし20年以上、芸能界の第一線で活躍している顔ぶれだ。おそらく10人とも、「シワがなんちゃら」と指摘されたくらいでキャリアや人気に影響もしないだろう(が、だからこういうアンケートをしてもいいわけではない)。それにしても、1~3位(YOU、松嶋菜々子、梨花)については、男性の“厳しいコメント”が掲載されているのだが、

「年齢からしたら信じられないくらい可愛いとは思うけど……」、「トークは面白いけど、正直最近は肌にハリがなくなってきた気がする」(1位 YOU)
「キレイだけど、目元の笑いシワが気になる」、「老けた松嶋菜々子は見たくない」(2位 松嶋菜々子)
「確かに可愛いけど、笑うとシワがすごい」、「正直、年取ったなあと思った」(3位 梨花)

と、余計なお世話もいいところだ。しかもどこから目線なのか……。

 生きていれば、年齢を重ねて老けるのが当たり前であり、20代のまま皮膚が固定することなどありえない。10代とアラサーでは、子供と大人ぐらい容姿も内面も変化があるものだし、30代と40代、40代と50代も当然違う。同じ状態を維持することが“普通じゃない=不自然”なため、どれだけセルフケアに励み美容医療を駆使しても、全体を見たときに違和感ある仕上がりになるだろう。自分はまだまだ若いつもりで幅広い年齢層の女性を品評する男性、そしていつまでも若いつもりで変化を許せない女性、どちらも痛々しい。

 女優やアイドルは見目麗しいものだが、ズームアップしてまじまじとその肌を見れば、毛穴もあるし、シミシワソバカスに色ムラもある。たるみ、ヤセも出てくるし、何歳だろうと毛は生えている。それが人間の女性というものだろう。

 一方で、今回のランキングとは別の話だが、ネットで「劣化」等の中傷を書き込みたくなる心理として、「人気の実態が不明なのに、人気者扱いされている」といった、タレント(プロダクションや代理店)とメディアの歪なヨイショ関係にうんざりしている……というものもあるだろう。「すごく老けているように見えるのに、“若々しくて素敵!”と持ち上げられていて違和感」だとか、「明らかに美容医療をやりすぎて表情が不自然なことになっているのに、“美女”扱いされている」だとか、そういうメディアと消費者側のズレが積み重なり、ネット上でのタレントへの外見中傷につながっている側面もあるように感じる。

セックス中に実況中継! 松田翔太似の30代男性に馬乗りで「ちゃんと言葉にして?」【連載:出会い系女子】

 こんにちは! エッチな小説デビューは小学六年生の時だった、白雪魔夢子です。『表紙がドスケベじゃない』という一点だけで選んだその小説は、隠語が入り乱れた、いわゆる『言葉責め』を多用する作品でした。小学生の私には『悶える』『痺れる』『勃起』と、かなり読めない漢字があったのですが、それでも時折、出てくる「ああッ」とか「いいッ」とかいうセリフだけで濡れたのを覚えています。

 言葉責め……。大人になったら、私も「種付けしてやるッ!」とか「孕めェッ!!」とか言われながらセックスされるものかと思っていましたが、リアルではそんなこと滅多にないんですよね。私も言葉責めをされながら、思いっきり突かれたい♡ と思っていた時に、こんなメッセージが届きました。

『はじめまして、魔夢子さん。僕は大人の出会いを探しておりました。僕は官能小説を読むのが好きで、自分で執筆もしています。魔夢子さんに興味があれば、セックスをしながらエッチな言葉で責め続けることも可能です。いかがでしょうか?』

 彼の名前はH君。プロフには30代中頃とあり、写真はなし。希望する相手の年齢は『18~19歳』、希望する体形『ナイスバディ』というところから、だいぶ夢見がちな男性とお見受けしました。白雪は32歳。体重は60キロ強。彼は私を見ても臆することなく、イマジネーションをフルに使った言葉責めをしてくれるのでしょうか。

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美意識の高い男子!? 一瞬、引いたけど…

 当日、無事に彼の車を見つけて乗り込む白雪。彼は黄色と黒を基調とした派手めなチェック柄のシャツ。細身の男性で、映画『ライアーゲーム』に出演していた時の松田翔太君のような、緩くウエーブのかかった長髪という個性的な髪型。

 第一印象で「うわッ。美意識高そう……苦手!!」と若干引いてしまった白雪は、それとなーく、髪型について触れてみました。すると、H君は「俺、くせっ毛だから、ちょっと切らないとこんなふうになるんだよね」とのこと。ただの天パだったのね。さらに、派手なシャツも夏のセールで安かったので買ったそう。こだわりの強いおしゃれさんではない模様。美意識の高い男とセックスして前にひどい目にあった白雪は、とりあえずホッとしました。

白雪「官能小説はどこかに発表してるの?」
H君「一応、ネットにあげてるよ。閲覧数はほとんどないんだけど」
白雪「今はどんな話を書いてるの?」
H君「え、恥ずかしいから教えられない!」
白雪「えー! 知りたい! 知りたい! シチュエーションだけでもいいから!」
H君「……バトルもの、かな。美少女戦士が触手の妖怪にめちゃくちゃにされる話」

 小説愛に火が付いたH君は、そこから触手モノの良さについて熱く語ってくれました。きっかけは、学生時代に見た葛飾北斎の春画『蛸と海女』だったそう。白雪もスマホで検索してみたのですが、女性が大きなタコにクンニ、小さな蛸にディープキスされながら、体中を触手で愛撫されるというエッチな絵でした。

 フェラされている絵を好むならともかく、女性がクンニされている絵に惹かれるなんて……す・て・き♡ 女性を喜ばせるサービス精神旺盛な人っぽいじゃないですか。これはエッチに期待が持てそうです!

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言葉責めされるはずが…

 白雪の住んでいるところは田舎なので、使うホテルは限られています。キレイなホテルが3件と、ボロいけど安いところが数件。中でも白雪は小さな山小屋風になっているドライブインタイプのホテルが好きなので、今回もそこにしました。

 シャワーを浴びて、いざベッドイン! まず動いたのは、Hくんのほうでした。白雪をぎゅっと抱きしめて、耳元で一言。

H君「甘い匂いがするよ……小さな赤ん坊になったような気分だ……」

 オッ!? いきなり、言葉責めですか? 『赤ん坊』って小さいし、わざわざ『小さな』なんて付けなくて良くない? と一瞬、いじわるなことを思った白雪ですが、ぺろっと乳首を舐められた瞬間、そのソフトな舌の感覚に頭の中が真っ白になりました。

H君「エッチな子だね。すぐに硬くなっちゃって……もっと舐めてあげる」

 H君上手!! どこかで聞いたような言葉責めはいまいちだけど、舌テクはイイッ!! べろ~っと舌の腹を使って柔らかい部分で舐めるのが最高なんですよ!! しかも、右の乳首をいじりながら、触れるか触れないかのフェザータッチで白雪の体をさわさわと触ってくるH君。脇の下からヨコ乳を触る技まで。なんていう技ですか!?

 自然な動作でパンティを脱がされ、その間もH君は、耳元で実況中継をしてくれます。油断していると、時折、耳の中にねちょっと舌を入れられ、「ちゃんと感じてる?」とまた責められてしまいました。そして、そのまま全身リップ。そしてクンニ。

H君「魔夢子ちゃんのあそこから甘酸っぱい汁が垂れてきたよ。感じてるのかな?」

 もうだめ!! 私にも責めさせて!!

 口の周りを白雪の愛液だらけにしたH君の唇を奪いに行きます。H君は白雪の不意打ちの攻撃にびっくりしたのか、舌を入れてくれませんでした。責めるのは好きだけど、責められるのは苦手なの? ああん、そんなことを知ったら、白雪のS心がもうどうにもとまらない~(山本リンダ風)

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 H君の下唇を吸い、いやらしく舐める白雪。不意に上唇と下唇の間にわずかにできた隙間にぐいっと舌をねじこむと、H君はびっくりしたように体を硬直させました。それから、徐々に舌を出すH君。白雪はその舌にねっとりと自分の舌を絡めます。

白雪「し・た・い?」

 唇を離すと、今度は彼のほうから唇を寄せてきました。白雪が彼のあそこを触ると、そこはカチカチになっています。白雪はもう我慢できず、彼の上に馬乗りになりました。彼の陰茎を優しく掴んで中に引き入れると、白雪のあそこは熱く、トロトロになっています。

白雪「どうして言葉にしてくれないの?」

 H君が無言なので、白雪はお尻を持ち上げて抜いてしまいました。H君が「アッ」と悲しげな声を上げます。間髪入れずにもう一度腰を落とすと、「ああッ」とH君が悶えました。

白雪「ちゃんと言葉にしてくれなきゃ」

 H君は涙目になりながら、ぽつぽつとしゃべり始めました。私の中がすごく温かいこと。キツくて少しでも動いたら果てそうだということ。肉壁の摩擦が気持ちいいこと……。H君が吐息交じりに何か言い終えるたびに、ご褒美を与えるように腰をちょっとだけ動かすと、中がこすれて気持ちいイ……ッ!! わ、私もイッちゃいそう……!!

今回の教訓『言葉でしっかり伝え合うと気持ち良さは何倍にもなる♡』

 言葉責めされるつもりが、いつの間にか立場が逆転していました。でも、最高に気持ち良かったです♡

 初心者さんは、ハードな言葉責めよりも、お互いの状況を実況し合うくらいのほうが興奮できるかもしれないですね! “言葉責め”というと、男性にエッチな言葉を言わされるのが主流ですが、女子が馬乗りになって、男性にエッチな言葉を言うように促すのも、かなりおすすめです!

妄想食堂「食フェチなのに胃が弱い問題」

 食べ物や食事という行為が好き。性的に興奮する。こう話すと、きまって言われることがある。「じゃあたくさん食べるんですか?」。期待に沿えず申し訳ないような気がしつつ、その問いには頷くことができない。

 食べるのが好きだが、たくさんは食べられない。絶望的に胃が弱いのだ。普段からあまり食べられないし、嫌なことがあるとすぐに胃が痛くなる。一年の半分くらいは胃の具合が悪いので、胃薬のストックが欠かせない。不用意に揚げ物を食べると死ぬ。

 人並みにたくさん食べられているときは、よほど事前に調子を整えてきたか、食べ残しを出したくないかのどちらかだ。それでもだいたい、後から具合を悪くする。膨張して皮の張り詰めたお腹。食道がぼこぼこと泡立つような不快感と、胃に拳を押し付けられているような鈍い痛み。歩くたびに喉を突き上げる吐き気。そういう感覚も、正直言って嫌いではない。食べものに自分の体を内側からいいようにされているような、じっくりと痛めつけられているような心地がするから。胃にびらんができたときの内視鏡検査も、麻酔で意識が朦朧としたなか喉にどんどん管を突っ込まれて胃をぐりぐりされて、なかなかよかった。だけどやっぱり健康は大事なので、あまり無茶はできない。

 仮にも食のフェティシストでありながら、胃弱。これでいいのか。実を言うと、私はちょっと自信がない。「セックスが好き」と言われたら、100人中92人くらいは精力絶倫の人を想像してしまうように、「食べるのが好き」と言われたら、大多数の人は食欲旺盛な健啖家をイメージするだろう。「たくさん食べるんでしょう」と聞いてくる人たちだって、たぶんそういう分かりやすさを求めているはずだ。そういう型に嵌まれない自分であることに、なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。

 自分の食に対するフェティシズムを開示したときに、もうひとつよく聞かれることがある。「じゃあ今、こうして一緒に食べてるのも興奮するんですか?」。たしかに人と食事をするのだって好きだし、人がものを食べているところを見るとむらむらする。けれど、あらゆる人に欲情するかと言われるとそうではないから困ってしまう。守備範囲がズレているだけで、特別に広いというわけじゃないから。よく考えてみるとこれは同性愛者に対して異性愛者がかましがちな「じゃあ僕/私みたいなのってタイプですか?」という文句と似ているのだけど、あなたたちだってそうじゃないのか。異性が好きだからといってあらゆる異性に欲情するわけではないはずだ。

 たとえば人でも物でもいい、何かに対する愛情や欲望を表明しようとするとき、ある種の物差しが持ち込まれがちだ。どれだけ好きか。どこまで好きか。それを現実的な手段でうまく表せないときには、なんとなく気後れしてしまう。この程度で「好き」を口にしていいんだろうか。愛しているならたくさん。愛しているならなんでも。でもそういうのって、なんだか乱暴に質と量が求められているような感じがする。

 とりわけ一般的とされるような性愛の型から外れているというだけで、何か異様で極端なものだとみなされがちになるというのもある。つまり、キワモノ扱いされがち。でもおそらく性的嗜好にしろ性的指向にしろ、勢いづいて過剰になっていった結果、その地点まで突き抜けてしまったわけではないんじゃなかろうか。ただ「中心」にいないだけ。ほかはそんなに変わりがない、ただの人の欲望。だったら他人も自分も、「キワモノ」の型に押し込めて極端さや過剰さを求める必要はないはずだ。

 私が食事や食べものに性的な興奮をおぼえるように、世の中にはいろいろな性愛のあり方がある。痛い目に遭わされるのが好き。脚が好き。ラテックスが好き。大人数でセックスするのが好き。どんなにおかしく、行きすぎたものに見えても、それが個人の愛や欲望の形であることには変わりがないのだ。だからひとつひとつ大切に扱われていてほしいし、扱えていたらいいなあと思っている。

 私も自分の半端で型に嵌まれない欲望を、あまり自信はないけれどもなるべく肯定してあげたい。食フェチだけど胃弱。そして守備範囲が狭い。格好がつかないし、おもしろくもなんともないけど、これでいいのだ。今日もお腹が痛いので夜はたらこのお茶漬けにしましたけど、魚卵って、お茶漬けってエロいですね。
(餅井アンナ)

山田優を「ガリガリ、小栗旬から愛情受けてないんだね」、土屋アンナに「太りすぎ!!」の大騒ぎ

 山田優(33)にまたもや<激やせ疑惑>が浮上している。きっかけになったのは、8月29日に山田がInstagramに投稿した自身のアップの写真。口角を上げてカメラに向かってにっこりと微笑んでいる写真だが、ネット上では「顎ってこんなにとんがるものなの?」「これはダメだ……痛々しい」「骨と皮しかない」「心の病気だと思う」「小栗旬から愛情受けてないんだね」「離婚がずーっと念頭にあって消えない結婚とか幸せとは言えないわな」といった調子で、なぜか夫・小栗旬との関係を懸念する声まであがっている。

 ところが9月2日にファッションイベント「第25回 東京ガールズコレクション 2017 AUTUMN/WINTER」に出演した山田の姿は、まったく「痛々しい」ものではなく、抜群のプロポーションと形容するにふさわしいTHE・モデル体型だった。いわば激やせ疑惑は“ガセ”であり誤解。香里奈(33)と土屋アンナ(33)と3人並んでランウェイを歩いた山田だが、腕、胸元、太もも、二の腕を大胆に露出した衣装でも貧弱な印象は一切与えない。

一方で今度は、山田とともにランウェイを闊歩した土屋アンナに、「太りすぎ」「アンナのケツはなんとかならんのか」「土屋アンナさすがにプロ意識低すぎ」と上から目線の非難轟々。山田・香里奈と並ぶと土屋の腰まわりはどっしり安定感があるように見えるが、彼女単体で見たときに「太りすぎ」かといえば決してそんなことはない。ランウェイの様子を撮影した動画を見ると、土屋もまた、小さな頭に長い脚で露出度の高い衣装を着こなすTHE・モデルそのものだ。単純に、山田らとの体格差があるというだけだろう。ポーランド系アメリカ人の父の血を引く土屋は、華奢な骨格のアジア人と比較してお尻が大きいだけではないだろうか。

 人それぞれ体質や骨格に違いがあるため、身体の一部分、それも1枚の静止画を見て「太った」「痩せすぎ」と評価することは不可能だ。そもそも山田は、今回物議を醸した写真と同時期に投稿された他の写真では何の違和感もない。勝手に激やせ疑惑が浮上し、夫婦関係まで心配される山田優。第三子出産後もモデルとして堂々とステージに立っているにもかかわらず「プロ失格」と罵られる土屋アンナ。「ネットの声」といういい加減なものに振り回されてなどいられないと、彼女ら自身が一番わかっていそうだ。

(ボンゾ)

土屋太鳳『トリガール!』“記録的”大コケ!! 「トップ10圏外」「劇場ガラガラ」の地獄絵図

 9月4日、興行通信社による全国週末興行成績が発表され、土屋太鳳が主演を務める映画『トリガール!』が初登場トップ10入りを逃し、大爆死したことがわかった。この結果に、映画ファンから「大コケとは思ってたけど、ここまでとは……」との声が上がっている。

 1日に公開された『トリガール!』は、中村航の同名小説を実写化した青春ラブコメ作品。鳥人間コンテストに挑む若者たちを、土屋、間宮祥太郎、高杉真宙、池田エライザといった注目の若手俳優たちが演じるとあって、公開前から話題を呼んでいた。

「全国約240館での上映だった『トリガール!』ですが、初登場トップ10圏外は予想外の大コケ。この大爆死ぶりに映画ファンからは、『ここまで伸びないのは、さすがに予想できなかった』『滑走路からそのまま湖に墜落してしまったな』『8~10位くらいには入るだろうと思ってたよ』『客を選ぶタイプの映画でもないのに、なんでこんなに大コケしたんだ』といった驚きの声が続出しています。実際に劇場を訪れた人からは、『公開したばかりの日曜なのに、映画館がガラガラ』『閑古鳥が鳴いてた……』といった報告も。また、爆死の原因を『土屋太鳳が映画に出すぎて飽きられたんだろう』『土屋太鳳が同じような映画に出まくったせいで、すっかり“土屋の映画は安い”ってイメージがついたんじゃない』と捉える声も上がりました。今後、土屋は、12月に『8年越しの花嫁』、来年に『となりの怪物くん』『累 -かさね-』の公開を予定しているのですが、不安の残る結果になってしまいましたね」(芸能ライター)

 バラエティ番組などに出演して大々的に同作を告知し、2日に開催された「第25回東京ガールズコレクション」では鳥の着ぐるみを着て登場するなど、宣伝に力を入れていた土屋。しかし、肝心の動員にはつながらなかったようだ。

「『トリガール!』は、“土屋と間宮の掛け合い”といったコメディー要素が見どころの1つになっている作品。ですが、3日にウェブで公開された産経新聞のインタビューで、土屋は『(コメディーは)見るのは好きだけど、演じるのはあまり…。何がコメディーか、分からないんです』と答えていました」(同)

 同インタビューでは、土屋を“名コメディエンヌ”と紹介していたが、ネット上では「そんな肩書、聞いたことないわ!」とツッコミの声が上がっていた。

「今年6月に公開された土屋主演の映画『兄に愛されすぎて困っています』の初週興行収入は、前作『PとJK』から右肩下がりに。今回の『トリガール!』はトップ10圏外だったため、興行収入の詳細データが出ていないものの、さらなる数字を落としていることになるでしょう。2012年の『果てぬ村のミナ』から『トリガール!』まで8作の映画に主演している土屋ですが、今回の爆死に『さすがにオワコン』との声も少なくありません」(同)

 映画ファンの中には、「土屋太鳳は今まで、共演のイケメンやEXILEやジャニーズに助けられてたんだね」と考える人も多いようだ。次の作品、実話を元にしたストーリーで難病女性役を演じる『8年越しの花嫁』で名誉挽回できるのだろうか。

問題視される“スマホ育児”と親の罪悪感。スマホ活用は「手抜き」「楽してる」「子供に悪影響」なのか?

子供向けのスマホアプリやアニメーションなど、ここぞという時に子供を大人しくさせておきたい親たちにとって非常にありがたいものがかなり多く存在する昨今。

先日、子連れのお母さんたちと総勢12名くらいで食事会をした時のこと。場所は完全個室のキッズルームだったのだが、1歳~6歳まで年齢がバラバラな子供たちは落ち着きなく、親同士の情報交換はすぐに中断される。しかし、誰かが持参したタブレットPCでアニメーションを流し始めると、その周りに子供たちが集まり、静かに楽しみだした。その様子を見て「なんて便利なんだ! 絶対iPad買おう」と心に決めた。

我が家の息子は1歳2カ月。まだまだ大人側の理屈など通用しないし、月齢的にも興味の対象が広がる時期のようで、何でも開ける・散らかす・登る……。それだけならまだしも後追いも激しく、息子と二人でいるときの私には一瞬たりとも自由な時間など存在しない。

そんな中でも食事の用意などしなければならないし……ほんの30分いや15分で良いから一人遊びしててくれないか……と願わずにはいられない。

そういう時、我が家では息子の興味を引くテレビの子供向け番組が救世主的存在だ。息子は喜んで手を叩いたりリズムに合わせて踊り出したり、機嫌も上々になるのでまさに一石二鳥。

外に行けば、これまた所構わずあちこち歩きたがるし、静かな空間でもふざけて大声を出したりする息子。そんな時もやっぱりスマホの動画が一番、子供の気を引くことができる。

こういう時テレビやスマホが子供にとって悪影響かどうか、なんて、正直、考えていない。一日中そうした画面を見せ続けているわけではないし、“今”を乗り越えるためのツールとして活用している。そして、そうした場面は、日常的にあるものだ。

幼い子を持つ親にとっては非常に有難いグッズなわけだが、世間的には、育児でのスマホ活用はヨシとされていない。

『スマホに子守をさせないで』

スマホやタブレットを子供に渡したり見させたりすることの健康面・発達面への悪影響について、日本小児科医会をはじめあちこちで警鐘が鳴らされている。

私が住む東京某区の役所でからもらったリーフレットには、こんな注意喚起の記載がある。

・愚図る子どもに、子育てアプリの動画で応えることは、子どもの発育をゆがめる可能性があります。
・親子の会話や体験を共有する時間が奪われてしまいます。

これに加えて、「赤ちゃんとは目と目を合わせ語りかけましょう」「なぜぐずっているのかわからないときに“子育てアプリ”を見せるのではなく『どうしたの』などの声掛けや抱っこなどを繰り返すことで親子の絆ができていきます」とも書かれている。

そんなことは百も承知だ。

生身の人間である親の自分が常に子供に向き合ってあげられる、のびのびと思いきり遊ばせてあげる、それがベストであろうことは散々刷り込まれているし、きっとどの親だって「そうするのが良い親なんだろう」とうっすら思っている。

それでも機械じゃないのだから、常に実践できるものじゃない。どうしてもどうしても「今だけは大人しくして!」「数分で良いから時間をちょうだい!」のタイミングは、育児をしている親ならきっと誰にだってあるはず。そのタイミングごとに、親は罪悪感を覚えるべきなんだろうか。

リーフレットには、スマホなどを幼い子供に見せることで懸念される健康被害についてももちろん記載がある。

「テレビやスマホ、タブレットなどの小さな平面画面を見る時間が長いと視力の発達を妨げます」
「子供の体力や運動能力の低下に繋がります。その結果生活習慣病やロコモティブ・シンドローム(運動器症候群)が問題になっています」

こういった“負の側面”を示されると何だか黙るしかないが、だからといって一切スマホやテレビに頼らず子育てしよう! なんて強固なバイタリティは私の中にはない。

要は、程度問題だから。ゼロか100か、でやらなきゃならないわけじゃないのだ。

このリーフレットの最後には『3つの提言★』として以下のような箇条書きで締めくくられている。

・2歳までは、テレビ・DVD・スマホなどの視聴を控えましょう
・授乳中・食事中のテレビ・DVD視聴は止めましょう
・こども部屋にはテレビ・DVDプレイヤーなどを置かないようにしましょう

……ムリムリムリ!!

まず「2歳までは駄目」って、赤ちゃんとかならともかく、1歳から“魔の2歳児”とも言われているイヤイヤ期に及ぶまでテレビもスマホも駄目と言われてたらとてもやっていけない!!

四六時中、子供にテレビやDVDやスマホを見させて他の遊びをさせないとか、そうしたものを与えて放置し大人は外出してしまうとかだったら問題視されるのもわかるけれど、今のところ私がこういったものを活用したい時というのは大抵「今だけはおとなしくしてて」な時だ。

1歳児や2歳児なんてまだ親の伝えようとすることも全ては理解できないし、しつけなんてほぼ通じないことがほとんど。

理屈で伝えても理解できないからこそ、「今だけ注意をそちらに向ける」ことが出来るアイテム群は、むしろこの時期の育児にはもってこいの発明だ。

改ページ

そもそも、スマホ中心の子育てをしているわけじゃない

それでも親たちは苦悩する。今時、スマホを日常的に利用しない大人など滅多にいないからだろう、母親向けの育児サイトでもこのテーマの記事はよく見かける。

そこでは「スマホに子守をさせる」ことは賛否両論などなく、否定一辺倒、言語道断な行為のようだ。

とある育児サイトで、幼い子供を持つ母親対象に「どんな場面でテレビやスマホなどを活用する?」というアンケートが実施されていた。

そこには

・「朝など忙しいときの着替えの時間に使ってます。その間だけは大人しくしてくれるのでその間に着替えさせちゃう」
・「静かにしないといけない店や電車の中でぐずった時は使いますね」
・「食事の支度の時など。火を使うのでキッチンには入れたくないし、その間だけでも他のことに集中しててくれると……」

などの回答があった。

どの回答も「手が離せないとき、やむを得ないときに短時間」となっており、テレビやスマホを育児の中心にしているという回答はないのだが(たとえもっと利用していても、空気を読んで“短時間”と回答する可能性もあることは承知)、それなのに、<スマホを見せる=手抜き育児・健康に悪影響!>と断罪してしまう傾向は一体なんなのか。

また、つい最近見たNHK生活情報ブログでも、この“スマホ育児”についてネット上で議論になっているとあった。

発端は以前に放送したNHKの特集で、こんな内容の映像だったようだ。

『1歳半の子どもがいるお母さん。夕方保育園から帰って夕食の支度をしているころ。夫はまだ帰宅せず、お母さんと子どもの二人きり。しばらくすると構ってもらえない女の子はキッチンに居るお母さんの足にしがみつき、やがて大声で泣き出す。必死でなだめてもおやつを食べさせても泣き止まず、料理が進まない。するとお母さんはスマホを取り出し、家族を撮影した動画を見せ始めた。ぴたりと泣き止む女の子。お母さんは女の子の様子を気にしながらも、料理を作り上げることができた』

……わかる。わかるわぁぁぁ……。

映像説明を写真つきの文で見ただけで、我が家でもよくある緊迫した状況を思い出して泣きそう。

しかし、この映像についてネット上では「スマホに限らず自分の力で子どもをあやすべき」などと言った批判的な意見が見られ、議論になったようだ。

どうしても!の時はこうしてスマホなどに頼らざるをえない母親としては「使わざるをえない状況をわかってほしい」といった声があがっていたようだが、それに賛同したり「時代の流れだから仕方ないのでは」といった意見はごく少数派で、<多くは否定的な意見で、スマホ育児はあまりいい目で見られていない印象を受けました>とのこと。

幼い子供にスマホを渡して使わせる行為は、「スマホ育児」とも「スマ放置」とも呼ばれているらしい。

この言葉に、大きな抵抗や反発心を抱いているのはきっと私だけじゃないはずだ。

NHKの街頭調査によるとこの「スマホ育児」、子育てを終えた世代の人たちから多くの非難があり、否定的な意見の人の多くは「幼い子どもにスマホを見せっぱなしにしている」というイメージを持っているようだ。

何度も繰り返すように、実際そんなことは決してない。

改ページ

「親は楽しててどうかと思う」

「スマホ育児」をその言葉の通り捉えれば、「スマホを使って育児をする行為」であり、またそんなフレーズをメディア等で取り上げるから、いざと言う時にだけ利用していても

手抜きだとか子どもと向き合っていないとか“イメージ”のみが先行してしまうのではないだろうか。

つい最近も、子どもにスマホ、のこの行為を巡って実母と議論めいたことになった。

「最近電車とかで、子どもにスマホ見せてる親ホント多いけど……親はそれで楽しててどうなのかと思う」

そういう母親に対し、「いやいや! 子どもが電車で騒いだりしたら迷惑だし、それはそれで“しつけがなってない”とか言われるでしょう!?」と噛みついてしまった。

現に私もこの1年、公共の場で子どもが大声を出したり、間が持たず体を大きく動かしたりした時に、居合わせた周囲の人たちからあからさまに迷惑そうな顔を向けられたことは一度や二度じゃなかった。

親の責任だ、とみなされているのだろう。しかしイチ親としてみれば、子どもが当たり前に抱く「登ってみたい」「くぐってみたい」「投げてみたい」といった好奇心を「しつけがなってない」の一括りにされて押さえ込まれるのも納得がいかない。

子供が泣いたり騒いだりすれば「迷惑」、それでいて周囲に迷惑をかけないようにスマホを活用すると実母のように「親が楽してる。子どもと向き合ってない」と言われるのでは、八方ふさがりだ。

先述の役所からもらったリーフレットや日本小児科医会のお偉い先生方の忠告をそのまま受け取れば「どんな時も子どもと向き合いなさい」「愚図ってもスマホに頼らずコミュニケーションを図りなさい」となるが、現実問題として、たとえば電車に乗っているとき、それが許される環境にないだろう。ハッキリ言って現場を無視した理想論としか思えない。それに、自宅であっても火や包丁を使っているとき、自分が体調を崩して寝ていたいとき、「今は向き合えませんので」と言っていいはずだ。もっと言えば、親だからっていつでも元気溌剌だと思うなよ、である。親だって疲れる。

発信力のある団体が、上記のような(精神論にも近いような)御高説を大々的に垂れ流すことで、ますます「スマホ=悪」のイメージは強まり、非育児中の人はそうした親子を白い目で見て、親は罪悪感を背負わされる。となり、やりにくい。

生活に必要なたくさんの項目をこなしながら、まだしつけも通じない子供ともどんな時も常に向き合う……
真面目にやろうとしてしまう人ほど、よほどの精神力がなければ、日々少しずつ心身疲弊し、余裕も削られていくことだろう。
余裕を失い精神的に追い詰められることで、子どもを頻繁に怒鳴ったり、手を上げてしまうことだってあるかもしれない。

スーパーなどでやたら子どもに怒鳴っているお母さんを見かけると、以前は「威圧的だな、嫌だな」と思っていたが、今では怒鳴らざるをえないお母さんほど普段色んなものに縛られ、頑張っている人なんじゃないか、という見方もするようになった。

もし、余裕のなさから子どもとの心の距離感ができてしまうのであれば、少しの時間スマホやタブレットに頼ることでかえって親子共に健康的な時間が過ごせるのではないだろうか。

健康な発達への影響という観点では私も不安を煽られるが、そもそも、スマホやタブレットの類が世の中に普及してからたかだか数年。この数年という短い時間でスマホやタブレットが子どもに与える影響というものを判別しようとするのは時期尚早ではないだろうか。

どの時代にもあったように“新しい物”が普及すれば、ひと昔前の時代を「昔は良かった」と美化して「今の若いやつは。ああヤダヤダ……!」と言いたがる日本人の風潮にも問題があるような気もしている。テレビは、マンガは、ビデオは、ゲームは、子供たちにとって毒だっただろうか。日常的にテレビを見てマンガを読みゲームをしてきた世代ももういい大人たちだ。私たちは、健康な発達を妨げられたのだろうか?

ともあれ、スマホやタブレットを幼児期の子供が使用することが、子供の発達にどういう影響を及ぼすのか、今はまだ研究を進めてもらうしかないのだろう。

同時に、子育て世代の親たちにただ罪悪感を与えまくるだけでは「良い子育て」につながりようがないことも、広く認知されてほしい。

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