「14ウーマン」の記事一覧(28 / 175ページ)

性暴力被害に押し付けられる「かわいそうな人」か「聖人」というドレスコード。私は好きな服を着て生きていきたい

 前回は誰もが持つ「枠」について、セカンドレイプや私の経験を通じてお話しました。今回は実際に活動をしていくなかで感じた「枠」について考えていきます。

 性被害に遭った影響で体調や精神状態に波はあったものの、私は2009年からセミナーやイベントを運営したり、経験を発信したり、被害に遭った方の話を聞いたりと、性暴力に関わる活動を続けてきました。そのなかでたくさんの“両極端な物の見方や考え方”に出会い、葛藤してきました。特にそれを強く感じた3つの場面を挙げていきます。

 まずひとつは、性の情報についてです。性の話は性暴力・ジェンダーのような性の問題や妊娠出産といった生殖の話か、エロの文脈の娯楽コンテンツとしての性の話か、このどちらかの文脈で語られます。

 学校での性教育は生殖や出産についてが中心で、性行為についてはAVや漫画などの娯楽コンテンツから学ぶしかない……ここにも両極端な状況があります。エロの情報やネタはあふれていますが、娯楽コンテンツはあくまで娯楽として楽しむものであり、正しい知識でも教科書でもありません。

「性暴力はダメ」では伝わらない

 近頃ジャンプの性表現が話題になり、「“普通は”フィクションと現実の区別はつく」という意見が聞かれました。本当にそうでしょうか? 性に関する話題はネタとして以外に、身近に触れる機会も語ることもなかなかありません。そんななかでは何が性暴力で、何がそうではないのかがわかりません。性や性のコミュニケーションについて共通認識を持つ機会が少ないことから、知識が人によってばらつきすぎているので、何をしてはいけないのかというラインを見極めることが困難なのです。

 結果、人と関わるうえで大事な、“互いを尊重する”というコミュニケーションが、セックスになると適応されず、「嫌がっているように見えても本当は喜んでいる」といったようなセックスに関する“暗黙のルール”ができている状態です。

 私が関わる性暴力に関するイベントに来てくれたり興味を持ってくれたりする方のほとんどはとても真面目で、真剣に考えてくれました。しかしそんな状態だからこそ、「性暴力をしてはいけない」というだけでは真剣に考えてくれている人にしか伝わりにくいという現状があります。

 性暴力と聞くと身構えて距離を置いてしまう人、自分には関係ないと考えている人が多くいます。自身や身近な人の身に振りかかり深刻になってから初めて、自分ごとになります。それは前回でもお話したとおり、それは前回でもお話したとおり、性暴力に遭う人は“普通”ではないと思っているからです。こうしてセックスについてや身近な性についてコミュニケーションを取ったり、正しい知識をつける機会が持てない現状が性暴力を招くことになるのではないかと思うようになりました。

詩織さんが求められたドレスコード

 ふたつめは、被害者像についてです。私のように被害当事者であるとオープンにしたうえで人前に出ると、「傷ついて弱くてかわいそうな人」か「乗り越え、悟った強い聖人」か、どちらかのイメージを求められます。

 フリージャーナリストの詩織さんが今年5月に記者会見を開いて準強姦の被害体験を告発したとき、その振る舞いや服装が話題になりました。それに対し、評論家の荻上チキさんが「被害者のドレスコードを求められる」と指摘されていましたが、これはまさに私自身がずっと抱えてきた葛藤でもあります。

“被害者らしいイメージ”というドレスコード(枠)ーーここから少しでも外れてしまえば、被害に遭ったことを認められない、ということを私も経験してきました。ネット上では「人前に出て話せるなら被害なんてなかったのでは」と、真偽を検証するという大義名分のもと、私が“イメージからいかに外れているのか”が議論されました。これはセカンドレイプです。

 まず話を聞いてもらわないと伝えることもできないので、求められるコードに従い最低限は「被害者らしくしなければ」と思う気持ちと、「被害者のイメージとは違っても自分のままを伝えたい」という気持ちでいつも悩み、引き裂かれていました。

 実際には、被害を受けた後に肌を露出をするのが怖くなってスカートを履けなくなる方や男性と接することに恐怖を感じる方がいて、そういった方々がどれだけ苦しむのかを伝え、性暴力の与える影響の大きさを発信していく必要がある、と思っています。

 その反面、私個人は回復途中で発信をはじめたことで情報を多く得られる立場にあったり、もともと学生団体やボランティアなどさまざまな活動をしていたりといった、やや特殊な経歴のおかげで、環境には大いに恵まれました。信頼できる男性も周囲に多かったのです。そのため回復が早く、男性の友人も多く、恋愛やセックスもできていました。浴びせられた悪意と同じくらいには人の優しさや美しさに触れることができ、「人を好きでいるのを諦めたくない」と思い、被害経験をバネにして前向きに動けていました。

スカートを履いていいのか葛藤する

 しかし発信する当事者に求められるのは、自身の経験を語ることです。それが一番説得力があるからです。そのなかで、回復が早くイメージに合わない自分のパーソナリティと、多くの被害者が被害を受けたあとに見られる傾向とを、どう分けて伝えればいいのかと葛藤していました。

 また性暴力の被害当事者として、メディアに出る機会があるときは「スカートを履きたい」「でも短すぎないものを選ばないと、そこばかり指摘されてしまう」「服装の批判ばかりになったら肝心の話が届かない……」と、ジレンマを抱えながら自分の気持ちとイメージの折り合いを付けて服を選んできました。

 本来は服装は関係ないと伝えたいのに、その枠を意識しながらバランスを取ろうとする自分の矛盾に罪悪感を感じていました。

 そして私は実は“男性向けオタク”で、アニメや漫画、そしてシナリオのよいエロゲ(18禁美少女ゲーム)が好きという一面があり、それについても被害者のドレスコードに合わないと長く葛藤した経緯があるのですが、それに関しては回を改めて詳しくお話します。

 被害の経験はあくまでその人の一部であり、さまざまな段階があります。私と同じように被害者のドレスコードと異なる経緯をたどった方も多くいるはずです。それなら多様なケースの一例として、自分のパーソナリティを隠したり抑圧したりしたくない。でもそう思う一方、「私が前に出たせいで、ほかの被害者が誤解されないようにしないと」と“代表者にふさわしい聖人”や“正しい被害者像”のドレスを前に揺れていました。

問題がごちゃ混ぜにされる弊害

「被害者のイメージを押し付けられたくないなら、被害に遭ったことを隠せばいい」
「文句をいわれたくないなら、スカートを履くのをやめたらいい」

 そんなことも言われます。でもこれは、本来は別個にある問題の論点を混ぜて、自己責任論に収めているだけです。私はそれに抵抗していきたい。問題を“切り分け”て考えていきたい。wezzyでは、前回お伝えした“知らないことによる枠”の話とともに、“問題の切り分け”もひとつのテーマとしていきたいと思います。枠に収めてしまう理由のひとつは、この“切り分け”ができていないことにあるからです。

 たとえば「文句をいわれたくないなら、スカートを履くのをやめたらいい」というのは「“本当に被害に遭ったのならスカートを履けなくなるはず”というイメージを持っている人が多い以上、被害者と認められたいならそれを受け入れるべきだ」ということになります。「露出していると性犯罪に遭いやすくなる」という誤解、そして「犯罪に遭うのは被害者が自衛していないことが原因だ」「傷ついているなら、被害に遭いやすい格好をできるわけがない」という、“問題をすべてごちゃ混ぜにした主張”なのです。

 これは、たとえ誤ったイメージでも多くの人が持っているならそれに合わせるのが正しいという主張であり、その情報が正しいかどうかより、多くの人に受け入れられるかどうかが優先されているので非常に危険です。

 そして性犯罪が起きる原因は加害者の認知が歪んでいるからであって、女性がスカートを履いているから起きるのではありません。たとえどんなに自衛をしても、加害者の認知が歪んでいれば想定外のことが起きます。

 悪いのは「性犯罪」という加害行為です。女性が肌を出さずに“自衛”をしていないということが“加害を誘発する”原因として置き換えられ、それによって自己責任論がまかり通るようになるのです。こうして“問題の切り分け”ができていないことこそが、性犯罪に限らずさまざまな生きづらさの原因となっていると私は思います。

 また自衛は権利であって義務ではありません。そして“被害に遭って傷ついて露出ができなくなる人がいる”ことは、“被害に遭った全ての人が露出ができなくなる”ことではありません。それを“露出をしている人が傷ついていない”や“被害に遭ってもいいと思っている”とすることは論理の飛躍です。そしてこの発言は、被害者に“行動の制限”を強要することになり、自由を奪い、結果、回復を阻害することになるのです。

服は#ハッシュタグに似ている

 このようなことから私は、

「私はスカートが好きだけど、性被害に遭うのは嫌」
「着たい服を着て楽しく生きていきたい」

「被害者として縮こまるのではなく、自分で選択して生きていいい。まずは自分がそう発信することで、押し付けられたドレスを前に悩んでいる人をエンパワメントしていきたい」

 そう考えるようになりました。

 服は、SNSなどで使われる“# ハッシュタグ”と似ています。何を着るかは、自分で選択していいはず。被害者だろうとオタクだろうと、どんな要素を前に出すかは自分で選んでいいはず。気分で選んでいいし、相手や場面や目的によって変えてもいいはず。自分でアレンジしても作ってもいい。そして、どんな服があるのか知らなければそれについての情報を得ることはもちろん、着ることを選択することもできません。

 本来ドレスコードは、その場を心地よく過ごすための心配りであるはずです。そのドレスコードができた前提が変化したり、そこに間違った認識、差別があるのならアップデートする必要があります。あくまで”服装”や“その場にいること”を選択できる状況にあるときに使われるべきもので、日常的に押し付けられるものではありません。また“着たい服を着ている”ことで別の原因から起きる不利益を肯定されるものでもないはずです。

 こうして私は、性被害やセカンドレイプから始まる息苦しさは、被害自体や性の問題だけではなく「ドレスコードを押し付けられる」という、ごく身近なことからもきていると思うに至りました。私は「被害者のドレスコード」を求められましたが、たとえば、「自分を犠牲にしてでも家族に尽くさないと母親として失格」という「母親のドレスコード」のように、誰しも求められるドレスコードがあるのではないでしょうか。

身近な「ねばならない」に気づく

 社会問題のなかにはさまざまな要素が絡み合っており、それぞれが独立しながらも関連しているものが多くあります。だからこそ、まずは絡んだ糸をほぐすようにして、問題を切り分ける必要があります。そのうえで違う分野と掛け合わせることで、興味を持つきっかけを作ったり、ひとつの分野だけでは解決できないことに、さまざまな観点が生まれるようにしたい。化学反応を起こしたい。

 なにより私は私のままでいることで抑圧から自由になりたい。私にはほかにもいろんなパーソナリティがある。だったら、同じように多様な生き方をしている人がいることを伝えるために、知る機会や対話する機会を作る必要がある。

 そう考えてこれまでさまざまな活動を続けてきました。今後はこのwezzyという場で発信することで、もっと多くの方に届いてほしいと思っています。

 wezzyでは、自分の経験や身近な話題から社会問題につながるようなトピックを取り扱っていきます。生きづらさや社会問題というと少し遠いものに思われるかもしれませんが、なんとなく息苦しく感じてモヤッとする「こうあらねばならない」「こういうものだ」ということがみなさんの周りにもありませんか? そこから少し自由になるためにはどうしたらよいのか、一緒に考えていきましょう。

ほしのあきの胸が消えて「どこいった!?」と大騒ぎ! MEGUMI、井上和香、熊田曜子…巨乳グラドルたちの“産後の胸”事情

 20日発売の「女性セブン」(小学館)、25日発売の「女性自身」(光文社)にて、立て続けに写真が掲載されたタレントのほしのあき(40)。夫・三浦皇成騎手(27)とのお祭りデート現場や、三浦のレース復帰に関するインタビューと、両誌ともに夫にまつわる話題だった。しかしネットでは、記事内容よりも「ほしのの胸」に注目が集まっている。

 結婚前のほしのと言えば、「プロ巨乳」と呼ばれたほど、巨胸が売りのグラビアアイドルだった。デビュー当時はBカップだった胸を、「牛乳を飲んでから腕立て伏せをする」「プロテインを飲んで体重を増やし、胸以外の脂肪を落とすダイエット」などの地道な努力の末、1カ月程度でFカップまで急成長させたという逸話もある。

 しかし、両誌に掲載されたほしのの写真には、当時の「プロ巨乳」の面影はなく、胸元は平たくスッキリしている。その姿に、ネットでは「胸どこいった!?」「痩せただけじゃここまでなくならなくね?」「完全に悲報」と驚きの声があがっている。

 ほしのは、2012年4月に第一子を出産。産後、乳腺がしぼんだり、女性ホルモンが減少することで、出産前よりも胸が小さくなる女性は多く、ほしのもバストがサイズダウンする体質だったのかもしれない。

 一方、同じく巨乳グラドルとして一斉を風靡したMEGUMIも2009年に第一子を出産しているが、まだ現役時代のHカップを保っているようだ。近年はメディアに姿を見せる際、肌の露出の少ない、ゆったりしたシルエットの洋服の着ていることの多いMEGUMIだが、今年6月に胸元がパックリと開いたトップスを着ている姿を自身のInstagramに投稿したところ、「オッパイ。ステキすぎる」「セクシー」と大反響。グラビア時代には、胸を大きく見せるポージングのテクニックに定評のあったMEGUMIだが、現在は、ただ直立しているだけでも服の上からでもわかる巨乳ぶりを維持している。

 2015年に第一子を出産した井上和香(37)の「ワカパイ(Fカップ)」もいまだ健在の様子。井上もMEGUMIと同じく、自身のInstagramに投稿する近影はゆったりとした洋服を着ている写真ばかりだが、服の上からでもその存在感はしっかりと確認できる。

 熊田曜子(35)に至っては、2012年12月に第一子、2015年に第二子を出産しているが、今年5月に発売された写真集『The GREATEST!』(講談社)にて、妊娠を期に「人生で一番(胸が)大きくなった」というB92(Jカップ)・W56・H84の抜群のプロポーションを披露。今も、Fカップと言われていた妊娠前のバストを維持しているとのこと。

 女性の身体は、妊娠、出産、育児を経て、大きく変化する。かつて活躍した巨乳グラドルといえど、全盛期時代の身体と異なるのは当たり前であり、以前のように巨乳を売りにしてメディア露出していない現在のほしのの胸が小さくなった(ように見える)ことは、何の「悲報」でもない。同じように出産を通して胸が小さくなった人にとっては、「あー、わかる」程度のことではないだろうか。

(夏木バリ)

木村&嵐・二宮、『検察側の罪人』台本読み合わせは「空気最悪」「やる気なし」とスタッフ苦言

 木村拓哉と嵐・二宮和也が初共演する2018年公開予定の映画『検察側の罪人』。すでに撮影が始まっており、ジャニーズファンを中心に話題となっている同作だが、「7月上旬、出演者が一堂に会して行われた台本読み合わせの場では、空気が凍りついていた」(制作会社スタッフ)との証言が飛び出した。

 雫井脩介の同題小説を実写化した本作は、原田眞人監督がメガホンを取り、木村と二宮のほかには吉高由里子などの出演も発表されているという。

「木村も二宮も、それぞれ自身のラジオ番組で、一緒に食事をしたことや、連絡を取り合っていることを明かすなど、ファンを喜ばせていました。しかし、読み合わせの時点では、現場の空気は最悪だったんです」(同)

 撮影スタートに向けての重要な場で、一体何があったのか。

「読み合わせの際、主演の木村はなぜか小声で、終始ボソボソとセリフを読んでいるだけ。また、二宮も木村ほどのやる気のなさは見せないものの、怒りを表現するシーンでは共演者がドン引きするほどの“大根演技”を披露。本読み終了後、一部スタッフたちが『あの2人、やる気ないの?』と心配していたほどです」(同)

 キャスト間の空気がおかしくなれば、制作側、特に演出陣が黙っていなさそうだが、この現場に限っては事情が違うようだ。

「台本の読み合わせは“本番のための空気を作っていく場”。たまに、脇役出演のベテラン役者なんかだと、棒読みで適当に済ませることもありますが、主演は当然真面目にやっていますよ。しかし、この現場では、監督より木村の方が力関係が上なので、当の監督でさえ木村に対しては口出しできない状況。スタートとしては最悪も最悪でしたね」(同)

 また、木村、二宮と他共演者とでは、“演技力の差”も不安視されていたという。

「大倉孝二や八嶋智人、キムラ緑子など、舞台出身の実力派が名を連ねており、そもそもアイドルとは比較対象にならない。話題性だけはあるものの、この有様では公開後の客足も不安が残ります」(芸能プロ関係者)

 せめて撮影現場では、2人ともやる気を見せていることを願うばかりだ。

ラジオ体操は“地域のつながり”を深めるのか? 騒音問題と小池都知事の“オリパラ気運醸成”

 小学生の娘が、今年の夏休みはラジオ体操に参加すると言い出したので、困惑した。開催場所は娘が通う公立小学校なのだが、自宅からは少し距離がある。早朝は人目が少なく危険なので、付き添わねばならない。「参加賞の代わりに何か買ってあげるから」とか、「ラジオ体操っていうのは戦争中に国民をまとめるために利用されたんだよ」(1)とか、最終的には「早起きがしたくない」と本当の反対理由を述べたのだが、娘の参加賞が欲しいという欲望を曲げることはできなかった。

 かくして初日、不本意ながら6時に起きて娘とともにラジオ体操へ。

 小学校の門前では、係の方が「おはようございます!」とにこやかに出席カードにハンコを押してくださった。つられてこちらも爽やかに挨拶をする。校庭に入ると、小学校の先生方や地域の方、小中学生がすでに30人ほど。最終的には100人を超える人数になっていた。

 爽やかすぎてケチのつけようがない「ラジオ体操の歌」に合わせて行進しているうちに、なんだかとてもよいことをしている気分に。気がつくと、自己イメージとはかけ離れたキビキビとした動きで第一体操、第二体操と進んでいた。第二体操は実に中学生以来。すっかり忘れていると思ったのに、体が覚えていた。帰り道は充実感に包まれ、10日間の開催期間を皆勤してやる! と意気込んでいた。恐るべしラジオ体操。ファシズムに利用されたというのも頷ける。小池都知事が、東京オリンピック・パラリンピックへ向けての気運醸成にラジオ体操を活用しようというのも、ある意味、的を射ている。

 そういえば最近、あちこちで「オリンピック・パラリンピック気運醸成事業」という文字を見かけるのだが、気運というのは無理矢理醸成するものなのだろうか。いずれにしても「気運を醸成するためにこのイベントをやっていますよ」と正直に宣言しているところがかわいらしい。知らないうちに取り込まれてしまうのが全体主義だから。

 ラジオ体操から帰ると、テレビの情報番組で“ラジオ体操の騒音問題”を取り上げていた。つくば市に住むある女性が、東日本大震災の際に「地域のつながり」の大切さを実感したことから、ラジオ体操を主催したところ、近隣から「ラジオの音や話し声がうるさい」という苦情が出た。代替場所がないため、ラジオの音を極小に絞り、小さな声で会話をするように呼びかけ、継続しているという。

 画像を見ると、住宅街にある駐車場で20人ほどの大人が体操をしている。一見して場所が悪いと感じた。普段はとても静かそうな住宅街である。それがある日突然、駐車場でラジオ体操が始まったら、迷惑に感じる人もいるだろう。大人ばかりが粛々と体操をする様子を見て、スタジオゲストからは「活気がないな」という声が。これはラジオの音を絞っているからというよりは、子どもや若者がいないせいだろう。まさしく少子高齢社会を象徴するような絵である。

 実は私が一番気になったのは、騒音問題よりも「ラジオ体操が地域のつながりを密接にする」という発想である(良かれと思ってラジオ体操を主催した女性を批判するつもりは毛頭ない。しかもこうした考え方はごく一般的である)。

 ラジオ体操の目的は本来「健康の増進」である。そこに別の意味あいを求めるから、会話が必要となり、話し声がうるさいということになるのではないか。結局この地域では、ラジオ体操が地域のつながりを深めるどころか、住民同士の揉め事の原因となってしまった。それならラジオ体操に拘らず、端的に「地域のつながりを深める会」を主催したほうがいい。

 さらに、災害時の助け合いを目的とするなら、それこそ地域の小学校や中学校で開催すべきである。災害時に避難所となる場所に普段から集まることで、いざというときに避難所の設営や支援物資の分配といった協力体制を敷きやすくなるという利点はあるかもしれない。

 「地域のつながり」というと美しいが、同じことを「地域のしがらみ」と感じる人もいる。したがって“つながりを深める”ことが必ずしもいいことだとは言えない。ましてや強制すべきではない。さらに「地域のつながり」をベースとした災害時対策は、つながりからあぶれた人たちを取りこぼす恐れもある。いずれにしても行政は、地域住民による消火活動や救助活動が最低限で済むよう、ハード面での対策を強化してほしい。

 ところで、私のラジオ体操ブームは4日間で終わり、娘は防犯ブザーをぶら下げて、一人で通っている。私の場合、慣れない早起きのせいで、朝の爽やかさとは裏腹に夕方の倦怠感が著しく、「健康の増進」というラジオ体操の“本来の目的”を果たしえないと判断したので。

(1)ラジオ体操とファシズムの関係については、武田徹著『NHK問題』(ちくま新書)が詳しい。

「ちなみにだけど…私のフェラやばいよ」 凰かなめちゃんのエッチな誘惑に勝てるはずがない!

 完璧なルックスにモデル顔負けのスタイル――同性から見ても「可愛すぎる」AV女優さんたち。最近はTwitterやInstagramなどでも彼女たちの美貌を見ることができて、女性のファンも急増中です。AV女優さんたちは写真でもキレイだけど、カメラ越しでこそ本領を発揮する! そんな彼女たちの“エロ可愛い”AV作品を見ていきます。

かなめちゃんの誘惑からは誰も逃げられない!

 可愛すぎるAV女優・凰かなめちゃん(21)がプレステージの人気シリーズ『彼女のお姉さんは、誘惑ヤリたがり娘。13凰かなめ』で、妹の彼氏をエッチに誘惑するお姉さんを熱演しています。

 彼女の家でバイトから帰宅するのを待つことになった妹の彼氏。そこにいたのは、お酒を飲んでほろ酔いになっている姉・かなめちゃんでした。ハイ、この時点でもう可愛い。落ちた! というか、かなめちゃんって映像越しで見ても髪がサラッサラなんですよね。動くたびにサラサラ揺れる髪がホントきれい。

 でも、妹の彼氏はかなめちゃんの誘惑を必死に耐えるんですよね。頑張れ! でもきっと無駄な抵抗だ! だってかなめちゃんの誘惑、マジでエロ可愛いんですもん……。下から「ちなみにだけど……私のフェラやばいよ」って言ったり、「ちゅんちゅん!」って彼氏の身体を突いたり、せんべいを口に咥えて「食べる?」って聞いてきたり。声のトーンを変えて「エッチなことされると思った?」っていやらし~く聞くかなめちゃんに落ちない人なんていないでしょ。

 かなめちゃんって超アニメ声なんですけど、どうしてか全然ウザさとか感じないんですよね~。なんでだろう……超絶可愛いからか!! ローションのことを「気持ちよくなれる~魔法の~液体~♪」と言って許されるのはかなめちゃんだけですよ。きっと。

 そしてこの作品のかなめちゃん、とってもSです。お気に入りのシーンは、妹があと5分で帰ってくるから、もうちんこ弄るのやめてと拒否する彼氏に「5分で出せるでしょ」と満面の笑みで言うかなめちゃん。いじわるすぎる!

 あとびっくりしたのは挿入→射精後、彼氏のお腹に出た精子を全部舐め取っちゃったんですよ。こんなにきれいで可愛い子が! しかも彼氏のお尻の穴まで舐め責めるし……エッチだ!

 彼氏の手首を手錠で固定して責めるかなめちゃんは、もはや“かなめ様”。見た目は可愛い天使なのに、中身はエッチな魔物でした。妹の彼氏も最初は必死に耐えていたのに、最終的には身も心もかなめちゃんのものに。そらなるわ。

 そういえば、この作品って妹(藤波さとりちゃん)にバレて、姉妹丼って展開がありませんでした。その代わりに妹と彼氏のラブラブエッチが描かれていて。そのシーンがあったからこそ、背徳感がよりいっそう際立っていました。

【作品視聴はこちらからイケます↓】
■PC版
■SP版

“ニャンニャン流出”の女性タレントK、半同棲がウワサされた「超人気ジャニーズ」とは?

 “ニャンニャン写真流出”がウワサされていた女性タレント・Kについて、昨年、一部芸能マスコミの間で、ある男性との交際がウワサされ、取材が極秘裏に展開されていたという。2014年に“モデル風男性”との交際を「フライデー」(講談社)に激写されているKだが、昨年浮上していた“お相手”は、超人気ジャニーズタレントだったという。

 7月29日発売の「実話ナックルズ」(ミリオン出版)では、Kとされる女性がサッカー選手とともに、仲睦まじい様子で寄り添っている写真を掲載。中には、2人が温泉に入っている全裸写真まであり、業界内外で波紋を呼んでいる。

「撮影されたのは6年前とされており、Kとされる女性と男性は、すでに深い関係ではなくなっています。直近ではまったくと言っていいほど、スキャンダル報道は出ていないKですが、昨年、ある男性との“半同棲疑惑”が浮上していたんです」(写真誌記者)

 なんでもマスコミ各社が、若手ジャニーズ・Yの取材をしている際に、突然Kの名前が浮上してきたという。

「当時、Yはドラマ出演で知り合ったという別の女優と交際中といわれていましたが、破局が明らかになるとほぼ同時に、『Kを何度も自宅に招いているのではないか……』との情報が広まったんです。両者の共演はそこまで多くはないものの、もともと2人は同じ学校を卒業しているし、Kはジャニーズタレントとの共演が多いだけに、プライベートで交流を持つ可能性は否定できない。それだけに、一時期はYのマンションに張り付いている社も多く、Kが1人で中に入っていく様子もキャッチしていました」(同)

 しかし結局、YとKの交際報道が世に出ることはなく、関係が続いているのかもわからないままだ。

「同時期、Yは下半身スキャンダル疑惑がネット上で浮上していたため、プライベートでの行動には、細心の注意を払っていた模様。ジャニーズサイドも、かなりナイーブになっており、どれだけ取材しても情報を得ることが難しくなってしまったことから、マスコミ各社は取材をやめてしまったんでしょう」(同)

 その一件以来、“ジャニーズキラー”とウワサされるようになったというK。今回の流出とは、因果関係はないものとみられるが、隠された“裏の顔”が浮き彫りになりつつあるようだ。

「ハイファッションを身に纏う女性研究者」は学生のロールモデルたりえるか

女性研究者たちが高価なファッションに身を包み、インタビューに答えるという企画がプチ炎上しています。例えば教育経済学者の「ファッションが大好き(笑)。好きな仕事をして、好きな服を着て生きていっていい、そんな姿が学生のロールモデルになれば」という発言には「学費並の服着て写真撮られる時点で断らなきゃだめでしょ? こんな女がロールモデルになる時代じゃない」といった批判が見られました。

私自身、博士課程に在籍する学生なので、女性研究者の活躍にはいつも励まされていますし、彼女たちの活躍にもエールを送っています。しかし「著名な女性研究者がモデルとなって高価なハイファッションに身を包み写真を撮られる」というこの企画は、若い女性研究者たちにポジティブなメッセージを与えるとは思えません。

「女性は見た目が100%」というメッセージ

彼女たちのような著名な研究者が、女性研究者のファッションに着目した企画で、嬉々としてハイファッションを身に纏い写真にとられている姿は、「女は所詮、見た目が大事」「高級な服に目がくらむ底の浅い女たち」という、女性が数百年にわたり苦しみ続けてきた「見た目に対する圧力」を強化するメッセージを与えかねないものです。

この企画が女子学生にプラスのメッセージを与えるとしたらそれは「あなたたちも見た目がそこそこ良ければ、そのうちこういう企画に登場させてもらえるかもしれないし、せいぜい頑張ってね」という、上から目線の励ましでしょう。そういうマウンティングに対して「ちくしょう、見返してやる」と奮起する女子学生が出てくる可能性もあるという意味では、ポジティブな効果もあるかもしれませんが、普通に考えれば女子学生に対する圧力以外の何物でもありません。

ハイファッションの与える文化貴族的メッセージ

また、数十万もする借り物のジャケットを身にまとって、研究について語る彼女たちからは、昨今の若手研究者の苦しい生活の現状を無視しているような印象を与えます。

男女問わず、若手研究者の多くは学内外のアルバイトや非常勤講師に奔走し、学費や生活費をどうにか工面しています。大学院修了後も不安定な任期付き雇用で、将来の不安を抱えながら、歯を食いしばって研究を続けています。中には学部時代から累積で数百万にもなる借入奨学金を抱えているケースもあります。

この記事に登場する女性研究者たちも、不安定な条件で働く低賃金の若手研究者を雇用したこともあるでしょう。「女性研究者は清貧でなければならない」ということではありませんが、この企画は、そうした部下たちに対して「見て、私のこのジャケット五十万もするのよ。素敵でしょ。あなたたちのような貧乏人や格下研究者とは格が違うのよ」と言っているようにとられてしまっても仕方ありません。

ロールモデルとは何か?

日本でも最近、ロールモデルの重要性に注目が集まっています。ロールモデルとは「見本になる人」ということです。男性中心の政治や経済の世界では、上司も、先輩も、同僚も、後輩も男性ばかりです。若い男性にとっては「理想の上司、見本になる先輩」がたくさんいますが、ロールモデルが必要なのはむしろ「自分と似たような境遇の人がいない」不利な状況に立たされている弱者側です。

たとえば、仕事と家庭の両立は家事や育児を中心に「女性の問題」であるとされ、社会の問題でもなければ、男性の問題としても認識されていません。「このままバリバリ働き続けて、結婚・子育て・家庭と両立できるのか」というのは多くの未婚女性の悩みです。多くの女性が家庭か仕事という選択の板挟みになっているのは「子育てや家事は女性がやって当然」と思われている社会だからです。男性であれば考える必要のないことについて、女性であるというだけで頭を悩ませなければならないのです。

このような「女性の問題」とみなされている問題について、男性の上司や先輩、同僚や後輩が一緒になって考えてくれることはそうそうありません。どんなに親切でも、素晴らしい人物でも、彼らは若い女性のロールモデルになるような生き方、働き方を提示してはくれません。

前例のない職場、仕事、地位で女性が孤軍奮闘しているとき、同じような経験をしてきた女性上司や先輩が、社内や職場、あるいは知人にでもいれば「私は夫と話し合って完全分担を実現した」「私は家事代行と冷凍食品で乗り切った」「離婚して夫の世話が減った分、家事が楽になった」「結婚も子育ても経験しなかったけど、幸せ」など、様々な解決策や感情、生き方をシェアし、ときには「とりあえずやってみたらどうにかなるよ」などと後押しをしてくれることもあるでしょう。

家事や子育てもまともにしたことのないような男性上司に「とりあえずやってみなよ」と励まされても「家庭のことを考えなくてよけりゃね!」と反発するような状況でも、同じような経験をした女性上司に言われたら「とりあえずやってみようかな」と思えることもあるでしょう。だから、ロールモデルが必要なのです。

翻って、今回の「ハイファッションに身を包む女性研究者」という企画を考えてみましょう。彼女たちが「若手女性研究者の活躍を助けたい」「ロールモデルになりたい」と本当に考えているのであれば、「私もあなたと変わらない。それでもこうして闘ってきた」というメッセージこそ示すべきでしょう。しかし、実際にこの企画を通じて感じられたのは「あんたらとは格が違うのよ」というメッセージでした。

もし、この企画が本人たちの私物や日常のファッションに着目し「男性ばかりのアカデミアの世界で戦う女性研究者たち」のパワフルさや、男性ばかりの職場にありがちな「つまらないスーツとつまらないワイシャツ」ファッションに対して、「女性的」な個性を出して、そうした無言の圧力と闘うような「ファッションを通じた男性社会との闘い」を演出するようなものであったなら、印象はだいぶ違うものだったはずです。

男性ばかりの世界で活躍する女性にかかる重責はあまりにも重く、今回のような企画に登場する女性には様々な批判の目が向けられがちです。それ自体が非常にアンフェアな状況であり、「女性の活躍」を祈念して登場したのであろう彼女たちに対する批判にも慎重さは必要です。それでも、ロールモデルを必要としている「当事者」の立場から言わせてもらうなら、こうした「女性の活躍」を謳う企画に登場する女性の諸先輩方には「本当にこれが女性の活躍を後押しするものなのか」を自問してほしいと思います。

セックスと放尿~「聖水プレイ」の魅力、ビラビラの神秘的な動きにハマる男性も

おぎやはぎの小木博明(45)と矢作兼(45)がAbemaTV(アベマTV)でMCを務めるトークバラエティ『おぎやはぎの「ブス」テレビ』(毎週月曜21時~)の24日放送回で、鈴木奈々さん(29)が「海でおしっこしてる」と言い放ちました。

海(海水浴)をテーマにしていた同回、街頭インタビューに応じた一般女性たちが「海でしゃがんだら、トイレの合図」「その後、ウォシュレット代わりに海の中でちょっと揺れてる」「一部のブスがそうしてる」と海中での放尿を赤裸々カミングアウト。このVTRが流れるとスタジオのタレントさんたちはドン引きしていました。

え、ちょっと待って。私、してましたけども。ここ数年は海に入る機会がないので必然的に「していない」だけで、今でも入ったらきっと……。「よし! いっちょやっか!」的な感じじゃないんですよ。なぜか海に入ると尿意を催すし(体が冷えるんでしょうね)、トイレは大抵波打ち際から遠い位置だし、おまけに海水浴場のトイレはキレイじゃないことが多いし、しょうがなく海中放尿になっちゃうんですよ。っていうか、悲鳴上げている数名の中にもいるんじゃないの~? 素直に手を挙げなさいよ~! と思っていた矢先、「わかる、私もしてる! 大はしないよ!」と同意したのは、“美人枠”ゲスト・鈴木奈々さんだったのです。ですよね~、海は広いですもんね~。仲間が見つかって安心いたしました。

女性のおしっこを“聖なるウォーター”と崇める

さて、おしっこの話が出たところで質問です。女性のおしっこのことを「聖水」ということをご存知でしょうか。といっても、日常会話で出てくるワードではないですね。SMプレイも行う風俗店ではおしっこを活用したプレイ(スカトロプレイのひとつです)のことを、こう呼ぶことが多いようです(聖水プレイ以外にも、放尿プレイ・おしっこプレイなど名称は様々です)。

聖水の遊び方は3種類

聖水プレイは、ザックリと分けると「見る・触る(かける)・飲む」と3種類のプレイ方法があります。

*放尿プレイ(見る):相手の見ている前で恥じらいながらおしっこをする

*お漏らしプレイ(見る):我慢できずにおしっこも“お漏らし”する

*聖水プレイ(触る):相手のカラダにおしこをかける

*飲尿プレイ(飲む):相手の尿を飲む

「飲む」以外のプレイは、比較的ライトなSMプレイですよね。もちろんSとMの関係性を決めた上で行うプレイですが、「女性がおしっこしているところを見たい」男性の方が圧倒的に多いようです。それは、一体なぜなんでしょうか。

◆「まんこから液体放出」に興奮

聖水プレイ好き、または興味のある男性の多くは、「女性のまんこから液体が放出」というシチュエーションそのものに興奮しているのかもしれません。男性がセックスでイク時は精液が出ることがイッた“証拠”になるわけですが、女性には“証拠”がない。膣から液体、を見る機会が少ないことも重なってレア感があるんでしょうかねぇ。まんこから何かが出てくるだけで興奮する男性も多いようです。あぁ、だから、潮吹きなんかも好きなんですかねぇ、ガッテン。

◆「普通はしない」ことを恥ずかしがって行う姿に興奮

排泄は、基本的に人前でする行為ではありません。特に女性の場合は、男性と違っておしっこも個室ですしね。男性よりも「おしっこを人前ですることは恥ずかしい」という認識が強いかと思います。「恥ずかしがりながら、普段は誰にも見せない姿を、俺は特別に見てるっ!」と思ったら、ちんちんがムクムク元気になるんでしょうか。

※聖水プレイが好きな男性の意見によると、尿をかけてもらう定番の部位は「お腹」だそうですよ。続いて、ちんこ。

1度でいいから見てみたい。おしっこのときの小陰唇

ネット上の様々な書き込みで驚いたのは、「おしっこしている姿を見てみたい!」という男性が意外にも多いこと。それは“プレイ”としてではなく「男性のようにホース状になっている尿道とは違い、ダイレクトに尿道がついている女性のまんこから、どのようにしておしっこが出るのか」と、女性のおしっこの構造がとても気になる様子。そんなこと、考えもしませんでした。

もうひとつ! 聖水プレイが好きな男性は「1度見たらクセになる」といいます。男性のちんこは自分の手で握ってコントロールが出来ますが、女性の場合は尿道口から直接、放出するとコントロールが出来ず撒き散らすことになります。そんな暴れん坊なおしっこを左右の小陰唇で挟んで方向性を決めてコントロールするのですが、この時、小陰唇が震えているそうです。それがなんとも面白い動きだそうです(神秘的だという意見も)。

女性としてずっと付き合ってきたmy小陰唇なのに、放尿角度をコントロールしてくれていること、おしっこ時の動き(震え)なんて知りませんでした。ビラビラがデカイ・黒い・邪魔だ、と邪険にしていたことを悔やみながら、今夜あたりお風呂場でおしっこする際に手鏡で見てみようと思います。

あ、“お風呂場でおしっこ”も意見が分かれますよね。私は、します。今も、これからも。

本命は「亀梨か手越」だった! 『24時間テレビ』マラソン、もう1人の最有力候補

 8月26日に放送を控える『24時間テレビ40 愛は世界を救う』(日本テレビ系)だが、恒例企画「チャリティーマラソン」のランナーが、間もなく発表されるという。例年に比べ、2カ月以上発表が遅れていることから、「局内の役職スタッフでさえ、誰が走るのか知らないという前代未聞の事態。局員の間でも、『ランナーは誰だ?』と情報収集が行われている有様」(日テレ関係者)なのだとか。すでにネット上では“あの人物”がランナーではと、特定されているが……。

 今年のメインパーソナリティーは、嵐・櫻井翔、KAT‐TUN・亀梨和也、NEWS・小山慶一郎。グループの枠を超え、“日テレでキャスターを務めるジャニーズタレント”が選出されるという初の試みだ。実はマラソンランナーに関しても、ジャニーズタレントの名前が浮上していたという。

「具体的には、MCと兼任する形で亀梨、もしくはNEWS・手越祐也。しかし、亀梨はMCに加えてスペシャルドラマでも主演を務めるため、さすがに出番が多すぎますし、手越はスキャンダル報道の影響から、視聴者の目に“みそぎマラソン”と映ってしまう危険性がある。番組サイドは、ジャニーズと何度も折衝を行っていたようですが、結論が出ないまま発表が先送りになっていったそうです」(同)

 現在ネット上で、ランナーとして有力視されているのがりゅうちぇるで、局も同様の認識だという。

「当初りゅうちぇるは、本命の亀梨・手越プランが頓挫した時の“保険”でしたが、すでにトレーニングを開始しているし、このまま繰り上げ当選になるでしょう。ただ、ジャニーズサイドは、自社タレントの仕事をりゅうちぇるに奪われる格好となってしまうので、あまりよくは思っていないでしょうね」(日テレ情報番組デスク)

 紆余曲折を経て、何とかランナー発表へとこぎ着けそうな今年の『24時間テレビ』。タイミングは、「日曜日の夜、『世界の果てまでイッテQ!』や『行列のできる法律相談所』の番組内になりそう」(前出・関係者)とのこと。例年以上にランナーへの注目度が高まっているだけに、どのような形での発表になるのか、期待したい。

家事ダメ女が批判されること自体、性別役割分業を強化している/『踊る!さんま御殿!!』に充満する空気

 女性は家事が得意な方がいい。男性は結婚を考えるとき、相手女性に家事能力や育児の適正を求める。男女共に就職して働くことが一般的な社会であっても、それを当然視する性別役割分業の概念は根強い。

 未だに女性は「彼に愛されたいなら胃袋をつかめ」と応援され、手料理の腕を磨くことをすすめられる。女性自身も、料理上手であることは男性の恋愛感情を高めるアピールポイントと認識して、彼氏を自宅に招いて手料理でもてなしたりする。

 7月25日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系、火曜19:55~)のテーマは「家事好きvs 家事ダメ」。司会の明石家さんま(62)及びゲスト出演者たちが家事好き・家事ダメに分かれて、家事に絡んだトークを展開……という内容だった。

 同番組は、これまでにも「家事好きvs家事ダメ芸能人大バトルSP」(2017年4月25日放送)、「家事ダメ女vs家事好き男」(2016年10月25日放送)、「家事ダメ女vs家事好き男」(2016年4月26日放送)と、同様のテーマを取り扱ってきた。シリーズ化しているということは、好評なのだろう。どの放送回でも、家事が嫌い・不得意な女性ゲストはドン引きされ、家事が好き・得意な男性ゲストは「男なのに細かいな~」といったニュアンスでいじられるか賞賛されるか、という扱いになっている。女なのに家事ができないのはダメで、男なのに家事が上手いのは変わり者、という空気が充満している。

 今回の放送も例に漏れず、「今夜は最強の家事好き軍団がズボラ女子をメッタ斬り!」「家事ダメ女子はブスが多い?」といった趣旨?のトークが展開されていった。あらゆるボケや小ネタを拾うさんまは、他人の家事に厳しく、「焼きそばは料理のうちに入るか!」といちいちツッコミを入れまくる。洗濯王子こと中村祐一の染み抜きに関するアドバイスに対しては「お前が女やったらなぁ~」と嘆いてみせる。あるいは「ペットボトルの中にマリモみたいなのが生えて……」と言った神田愛花に、「日村、かわいそう」と同情するなど、番組司会であるさんまにとって、女性は家事上手であるべき存在だということは終始明確化されている。それをベースに企画されているので、視聴していると、女性が家庭に、というか社会において“家事要員”であることに一抹の疑問すら持てなくなってくる。

 しかし一般視聴者から投稿された家事好き・家事ダメの仰天エピソードのVTRにおいては、「女なのに」「男だから」といった性別意識は顕著ではない。家事好きで几帳面な男も、家事嫌いで大ざっぱな女も、とりたて珍しい存在ではないというのが実際のところだと理解できる。その一方で、両者の存在を「意外」と見る傾向はまだ残っていて(あるいはメディアがそのように煽る)、だから「ズボラ女子」という呼び方が生まれるのではないか。家事に興味がなく雑な男性が「ズボラ男子」と呼ばれることはない。

 逆に、もう10年近く前だが、『めざましテレビ』(フジテレビ系)で「定位置男子」特集をやっているのを見たことがある。部屋の中にあるものすべて「これはここ!(リモコンはテーブル右下、とか)」とどの位置に置いておくかきっちり決める男性がクローズアップされていた。家事や整理整頓をきっちりおこなう几帳面な男性のことは「ちょっと面倒くさい奴」として取り上げられるのだ。そういう男性は男らしさに欠ける、と見られる場面も多いかもしれない。そして、家事や整理整頓が苦手な「ズボラ女子」は「女失格」の烙印を押されがちだ。

 話を『踊る!さんま御殿!!』に戻そう。番組中盤の白鳥久美子(35)の発言は、女芸人としての自虐であるにしろ、「ズボラ女子=女失格」を強烈に内面化したものと映った。

 白鳥曰く、綺麗でシュッとしていて家事が得意な女友達が結婚してプチセレブになり、仲間内で集まった際に「結婚して何か変わった?」と聞かれたその友達は、「私気づいたんだけど家事が下手な人ってブスが多い」と言ったのだという。白鳥を含め、その場にいた他の友達はみんな「顔で決めないで!」と反発。が、友達の発言が気になった白鳥はその後、独自に統計を取り始めた。その結果、白鳥は「ブス(やデブな子)は料理上手い子が多い」ことに気付いた。そういう子は料理ができるから「家事ができる」と自分で言うのだが、その子(ブスで料理上手)の部屋に行くとめちゃくちゃ散らかっていて、だから「本当に全部の家事が(まんべんなく)できない子はブスな子が多いと気づいた」と言う。

 それを受けて東国原英夫は「家事が上手い人は綺麗になっていくんだよね」、さんま「片づけたり綺麗にするのが好きになると、自分も綺麗になろうとするんちゃうか」と、家事ダメ=ブスなのではなく、家事好き=綺麗なのではと推論し、今度はそれに、かねてより無神経発言が多いことで有名な神田愛花が「でも、それを言うと(綺麗好きな)東国原さんは何でハゲちゃったんですか?」と話をズラしてこのネタはおしまいとなるのだが。

 トイレ掃除が美しい心を育むという話もあるように、家事で心身が整う系の言説は人気がある。しかし家事好き/ダメと、綺麗/ブス(デブ)の話がこのようにつながってしまうのは、家事能力や見目麗しさが“正しい女”に必須の素養とされているからだろう。なかなか下品である。

 これはテレビバラエティで、お笑い番組だ。どれだけ「テレビは衰退した」などと叫ばれても、大半のインターネットコンテンツより幅広い層に視聴されていることは間違いない。そういう場所で、ごくごく当たり前に性別役割分業の価値観を正しいものとして流していたら、そりゃあ男も女も「家事は女の仕事」と信じて疑わないだろう。

サブコンテンツ

このページの先頭へ