「14ウーマン」の記事一覧(8 / 175ページ)

『新感染』が教えてくれた、力を持つ人間が「弱さ」を盾にしてはいけないということ

 公開から18日で興収二億円を突破したという韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、どんなに絶賛してハードルを上げたとしても期待を裏切らない映画です。

 あらすじは、ソグという父と娘のスアンがKTX(高速鉄道)に乗ったところ、同時期に韓国で広まっていた感染すると狂暴になってしまうウィルスに侵された女性が乗りこんでいて、車内にウィルス感染者が蔓延。乗客たちは感染者と闘い、逃げまどいながらKTXは釜山を目指す……というものです。

 こうして書くと単純な設定ですが、ホラーとしての描き方も迫力満点な上に、何といっても人間ドラマの部分が秀逸です。この映画で私は、4回ほど泣くエピソードがあったと思っているのですが、ひとつひとつ違う人物の人間ドラマによるものだったのも驚きでした。またこの映画は、主人公・ソグに注目すると、パニック・ホラー版『そして父になる』であるとも考えられるのです。

自分勝手な父親・ソグは特別な存在ではない

 ファンドマネージャーのソグは、倫理観よりも利益を優先し、仕事が忙しすぎて家庭を顧みず、妻には出ていかれ、娘へのプレゼントは、前にあげたものをもう一度あげてしまうような人物です。その上、「自分が娘を育てたい」というエゴは持っています。これらのシーンを見ていると、物議を醸した『牛乳石鹸』のCMに出てくるお父さんを思い出してしまいました(むしろ冒頭部分ではソグのほうが酷い父親ですね)。

 パニックに陥っているKTXの中でも、ソグは自分と娘のスアンだけが大事で、スアンがお婆さん姉妹に席を譲ると、「あんなことしなくていい」と言ってしまいます。ただ、非常時に自分のことが一番になってしまうのは、人間としてはありえないことではありません。映画の中にも、自分勝手な行動をとる人物は複数いて、特に同じKTXに乗り合わせていたバス会社の常務のヨンソク(と言ったところで、誰? という感じですが、観た人にはすぐわかると思います。あのおっさんです)は、欲が服を着て歩いているような人物として描かれていました。この人の行動を見ていると、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出しました。

 また、この映画にはセウォル号の一件が影響しているのではないかとも思えてきます。というのも、NHK・BSプレミアムでやっていた『アナザーストーリーズ「セウォル号沈没事故~生死を分けた101分~」』で、『新感染』に出てくるような出来事が実際にもあったということを知ったのです。セウォル号の船内には、異変に気付いて甲板近くに出ていたけれど、ギリギリまで船内の学生たちを助けようとしていた人たちもいたそうです。一方で、乗組員たちは混乱してSOSすら発信できなかったというし、乗客を見捨てて逃げようとした乗組員の話も有名です。パニックになったときに、こんな凄惨な結果にはならないようにという思いが、この映画の中にも込められているのではないかと感じました。

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『新感染』で描かれている「強さ」と「弱さ」

 この映画、日本でも面白いと話題になっていますが、これを日本映画で表現するのはかなり難しいのではないかと思います。なぜならば、この映画では登場人物の「強い」「弱い」がかなり明確に描かれているからです。日本では、どんな立場の人にも、等しく弱さがあるという方向では語られますが、誰かと誰かを比べて、強いとか弱いとかを決めるのは苦手ではないでしょうか? どちらかというと、物語の中でも、犯罪者の生きていくつらさ(弱さ)を描いたりするもののほうが上手いのではないかと思います。

 イメージがうまくできない方は、松本人志さんが先日、パワハラについて語ったときに「強いものイジメ」という言葉を使ったことを思い出していただけたらわかりやすいかもしれません。日本では「強いものだって弱いのだ」と主張する人はけっこういるように思います。それは、自分の「強さ」や「弱さ」が相対的に規定しにくい世の中だからではないかと思います。

 『新感染』で「強い」ということは、腕力の場合もあれば、体力、権力、立場などの場合もあり、さまざまな状況でそれぞれに力が強いか弱いかがきちっと規定されています。だから、松本さんのように発言力も権力もある人は、ひとまず自分をある意味では「強い」という位置におかなくてはなりません。

 また『新感染』の中では、力のある「強い」ものは、自分よりも力のないものを抑えつけてはいけないということが、はっきりしています。これは、パワハラをしてはいけないと考えるときの基本ですし、サム・ライミの監督した『スパイダーマン』の中の「大いなる力には大いなる責任がある」というセリフや、『キャプテン・アメリカ』の中の「強者は生まれつき力が強く力に敬意を払わない、だが弱者は力の価値を知っている。そして哀れみも」というセリフにもつながります。力があるということは、すごく極端にいうと、それだけ「悪」に近いものとされるのです。

 そこから考えると、どう見ても腕力のあるドンソクは妊婦である自分の妻をはじめとして、絶対に弱いものをしいたげることはしません。ソグがファンドマネージャーであることを聞くと「悪徳商売人だ」と言ったりしますが、それは、ソグがお金を持った(というよりもお金を自在に操るというイメージでしょうか)強者であるということをベースに、強者同士の力関係があるからこそ言えることなのです(それでも、ちょっと職業差別ぎみに聞こえるところはありましたが)。

 スアンがお婆さんの姉妹に席を譲るのは、子供のスアンよりも、高齢の姉妹のほうが、体力という面では弱者であるからです。見方を変えれば、ソグがスアンに「そんなことしないでいい」といったのは、自分にとって娘は絶対的に弱き存在であるから、高齢の姉妹よりも椅子に座るべきだと考えているからでしょう。ただそれは、客観的にみた、相対的な「弱さ」の基準ではなく、主観的な自分の感情による基準でしかないのです。

 反対に、おっさんのヨンソクが終始、悪者たりうるのは、ヨンソクがバス会社の常務という権力を持った人であり、その権力を利用して、外部とコンタクトをとったり、またKTXの車掌を威圧感でもって支配関係に持ち込みアゴで使ったり、また自分は謎のウィルスに感染していないということを「強さ」や「正しさ」として利用し、感染の疑いのある人たちを排除しようとしたからです(このヨンソクもまた人の子であり、弱い人間であるということも描かれましたが、この映画ではそれが罰を免れる条件にはなり得ません)。

 ソグもまた、自分の地位を利用して、軍の知人に自分と娘だけが助かる情報をもらい、実際に自分たちだけ他の乗客と違うルートで逃げようとしたりするという部分では、ヨンソクと同じ力の使い方をしていると考えられます。ソグも職業的(=金銭的)、人脈的な力を自分のためだけに利用した悪人の一人なのです。ある時点までは。

 ソグの場合は、腕力は悪のためには使いませんでした。そして、力を正当に使うことが、ソグを変えるきっかけにもなるのです。

【ここから終盤のネタバレを含みます】

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 ソグが、自分の力と悪を自覚するのは、会社の部下であったキム代理に、この騒動の発端が、自分たちが仕事の上で助けていたユソン・バイオ社にあることを知るシーンです。ソグにそのことを告げたキム代理は「僕たちの責任じゃありませんよね」と言って電話口で泣きじゃくります。それを聞いたソグは「キム代理に責任はない」と返しますが、鏡で血まみれになった自分の顔を見て、顔や手についた血を洗い流すのです。

 ここは、映画の中でもかなりぐっとくるシーンになっていました。ソグが「責任はない」と言ったのはきっと罪を認めたキム代理をこれ以上責められないと感じた上で出た優しさであり、また自分自身の罪の意識を強く持ち、受け止めたのだと思います。仕事としてユソン・バイオ社と接していたやり方も、また父として家族に対して接していたやり方も正しくなかった、と。ここでソグは「父に」なれたんじゃないかという気がしますし、これまでの自分の罪を考え、死を覚悟していたのではないかとも思うのです。

 罪を持ったものは、裁かれるべきという考えが根底にある韓国の物語には、かなり因果応報を信じて作られているところがあります。だから、ソグの結末を知ると、父は自らの罪をそこまで背負わなければいけないのだろうか? と思い、苦しくなる人もいるかもしれません。

 冒頭で私は、ソグを見て「牛乳石鹸」のお父さんを思い出したと言いました。あのCM動画の父親は、父であるけれども、自分にだって「弱さ」があるだという存在として描かれていたかと思います。子供とも妻とも同じように「弱さ」のある存在だからこそ、父にだって殻に閉じこもる権利もあるのだ、と。あの父親は殻の象徴であるお風呂に入って、もやもやとした感情を洗い流して出てきます。あのシーンを良い方向に解釈すれば、「弱さ」に胡坐をかきたい自分のエゴを洗い流して、なんとか「父」としてやっていこうという気持ちという風にはとれるにはとれます。ただ、毎回風呂でリセットするっていうことは、根本的なところでは、変わっていないというわけです。ソグのように鏡で自分の顔を見つめ直すというシーンでもあれば違ったかもしれません。シーンひとつで、それを表せるのだから、映画ってすごいですよね。

 日本の空気の中にいると、誰にも「弱さ」があるということはあまりにも当たり前すぎて、「弱さ」を前にしても、人間には力の差が存在しているということは、無効にされがちです(その最も表面に現れたのが、先ほど紹介した松本人志さんの発言でしょう)。でも、力の差を無効化しては、この『新感染』の感動は描けないのです。『新感染』は、エンターテイメントとしてもすぐれている上に、「強さ」と「弱さ」は、種類や状況に寄って異なるということも教えてくれる素晴らしい作品でした。

貧乳風俗嬢「乳首を触られまくって気が滅入るけど、“ちっぱい”はもう気にならない」理由

 私が風俗雑誌の編集をしていたころ、グラビアページに登場する風俗嬢の胸の大きさに驚きました。Photoshopで絶対イジってはいると思うのですが、風俗、特に高級と謳っている店は、おっぱいがそれなりに大きくないと入店できないというイメージがあったんです。

 その後、私はハプニングバーやホス狂い関係で風俗勤務の女性と知り合うようになったのですが、そのころから「風俗嬢=おっぱいでかい」というイメージは一変しました。私も貧乳ですが、友達風俗嬢のみやさん(22歳/仮名)も負けず劣らずの“ちっぱい”だったんです。AAカップくらい? Aカップ?

 失礼を承知で、「その大きさでもリピーター取れるの?」と聞いてみたら、「意外と貧乳好きもいるけど、小さいなりの悩みもあるよ」と“貧乳風俗嬢”の悩みを話してくれました。

貧乳でもお金は稼げる

 みやさんは、現在都内のソープ店に勤めています。ちっぱいではありますが、身体もほそいので、店のHPではスレンダーなことを売りにしているそうです。その店は専門店ではないので、さまざまな風俗嬢が集まっています。もちろん巨乳を売りにしている嬢も在籍しています。

「私が在籍している店は店長が巨乳好きなのか、巨乳の嬢を推す傾向にあるんですよ。巨乳の新人が入店すると、スタッフ側も全力で売り出そうとしているのが雰囲気で伝わってきます。そういう時はやっぱり気が滅入りますよね。巨乳の新人ばかりが入った時期は、指名を巨乳の新人取られまくっちゃって。そういう時は『おっぱいほしい』ってなる(笑)」

 みやさんは、ネット掲示板で「いい子だけど、胸がない」と書かれてしまったこともあったそうです。では、プレイ面での悩みはあるんでしょうか。

「もちろん、巨乳の嬢ができるパイズリは不可能ですよ。だから、胸がないぶんプレイで頑張る感じですね。フェラを一生懸命やったり、できるだけお客さんの要望に応えたり。悩みでいったら、マットプレイの技のひとつに、おっぱいと乳首で足の裏をマッサージする技(あめんぼう)があるんですが、いつも『これ、されていてうれしいのかな……?』と疑問に思っているのと、乳房がないぶん、乳首を執拗に触られるのがストレスに感じるくらいでしょうか。貧乳=おっぱいの感度が良いはず、と勘違いされるのも困ります」

 みやさんは「おっぱいはもうちょいあったらいいな」とは思っているようですが、仕事のために豊胸をしようなどとは思っていないそうです。

「たしかに、巨乳だと店も売り出しやすいですし、指名も入りやすいです。でも、本当かどうかはわかりませんが『おっぱいは小さめがいい』『巨乳は苦手』という男性もいます。貧乳でも指名は取れていますし、中には『このくらいの大きさでいいよ』って言ってくれるお客さんもいるので、最近はあんまり貧乳であることは気にならなくなってきました」

 みやさんは、「いい子だけど、胸がない」ではなく、「胸がないけど、いい子」と思われるように接客を頑張っていくと話していました。

「飯島さんが戻ってきた」フジ『おじゃMAP』のキャスティング介入に「怒涛の勢い」「逆襲」

 元SMAP・香取慎吾が、現在レギュラー出演している番組『おじゃMAP!!』(フジテレビ系)。香取のジャニーズ退所以降も、当面は継続することが伝えられているが、関係者によれば「番組ゲストのキャスティングに、SMAPの元チーフマネジャー・飯島三智氏が関与し始めた」という。

 香取は9月8日、稲垣吾郎、草なぎ剛とともにジャニーズを退所。そして、22日には、3人の共通ファンサイト「新しい地図」を立ち上げ、新所属事務所・CULENの存在も明らかになった。

「一方、飯島氏は、SMAPの分裂騒動が表面化した2016年にジャニーズを離れ、その後は当然、これまで関わっていたSMAPメンバーの仕事現場からも姿を消していました。ところが最近になり、飯島氏が『おじゃMAP!!』のキャスティングに介入するようになったとして、フジ内部で話題になっているんです」(テレビ局関係者)

 しかし、飯島氏といえばジャニーズ退社後、「週刊文春」(文藝春秋)や「週刊現代」(講談社)などの取材に対し、芸能界に戻ることを否定するような態度を取っていたはずだが……。

「結局、CULENの代表は飯島氏であると判明し、11月には香取、稲垣、草なぎをインターネットテレビ局・AbemaTVの生番組に進出させると発表。香取らの活動を、ネット中心に推し進めていくものとみられましたが、『おじゃMAP!!』でテレビ業界にも再び顔を出すようになったといいます。飯島氏は、3人が事務所を辞めた途端にアグレッシブになった印象で、業界関係者たちは『飯島さんがテレビ界に戻ってきた』『飯島さんの勢いは凄まじい』『ジャニーズへの逆襲か』と騒然としていますよ」(芸能プロ関係者)

 また、飯島氏がすんなりと『おじゃMAP!!』への介入を果たせたのには理由がありそうだ。

「香取のレギュラー番組では、先日『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)が番組終了を迎えましたが、実は同番組以上に『打ち切りも時間の問題』とささやかれていたのが、低視聴率にあえぐ『おじゃMAP!!』なんです。飯島氏が介入できたのは、この“低視聴率だから”という点が大きい気がします。というのも、もし高視聴率だったら、スタッフサイドはそれを維持するために、極力、現状維持を心がけようとするので、飯島氏が入り込む隙はなかったのでは。あと、もともと飯島氏は、フジに対して太いパイプを持っていたのも、介入できた理由として考えられるでしょう」(同)

 飯島氏は、今後香取らの芸能活動について、どのような計画を練っているのだろうか。注視していきたい。

生理用品、隠したい?隠したくない? 月経の“恥ずかしさ”をめぐる問題

 月経(生理)は“シモの話”であるせいか、普段あまり話題に上らない。しかし前回触れた「『汚物入れ』の名称をめぐる問題」や、「『月経』の呼称をめぐる問題」など、意外と論点に富んでいる。

 今回は、「生理用品購入時の『不透明袋』をめぐる問題」について考えたい。ナプキンやタンポンを買うとレジで「不透明袋」に入れられるが、これにも賛否両論あるのだ。

  「不透明袋」にもいろいろある。一時は、スーパーマーケットもコンビニエンスストアもドラッグストアも、生理用品を買うと、まずはそれらを小さめの紙袋に入れてから、他の商品と一緒に通常の「半透明」のレジ袋に入れていた。

 それはおそらく、今のようなポリエチレン製のレジ袋が登場する以前、スーパーマーケットでレジ袋として紙袋が使われていた時代の名残だったと考えられる。

 レジ袋が紙袋からポリエチレン製の袋に変わったのは、1970年代のことだが、この頃はまだコンビニエンスストアや現在のような大型ドラッグストアは登場しはじめたばかりで、生理用品を買いたければ、スーパーマーケットか薬局へ行くのが普通だった。

 余談だが、1961年に発売された“元祖使い捨てナプキン”の「アンネナプキン」の取り扱いは、薬局とデパートだけだった。これに対して、1963年に参入した大成化工(現ユニ・チャーム)は、当時日本で登場しはじめたスーパーマーケットにナプキンを卸したことが、成功への第一歩となった。

 レジ袋が紙袋だった時代は、生理用品のみならず他の商品も外側からは見えなかった。しかし現在のような半透明のレジ袋が使用されるようになったため、“隠したい商品”だけ紙袋に入れるようになったのである。

 いくつかのドラッグストアに問い合わせたところ、“隠したい商品”には、生理用品のほか、コンドームと育毛剤が該当するとのことだった。

 現在では、スーパーマーケットとコンビニエンスストアが、小さな紙袋に入れてから通常の半透明のレジ袋に入れ、ドラッグストアは“隠したい商品”を買った客には、「不透明のレジ袋」を使うという形が一般的である。「不透明のレジ袋」の色は黒だったりシルバーだったり、店によって異なる。

 さて、生理用品が当たり前に不透明袋に入れられる今日にあって、「『不透明袋』をめぐる論争」はいつも“不要派”から持ち上がる。単に「紙袋は資源の無駄なので要らない」という人もいるが、

「月経は恥ずかしいことではない。だから生理用品も隠す必要がない」というポリシーのもとに、“不要論”を唱える人もいる。

 たしかに月経という生理現象を恥じる必要はない。しかしだからと言って「生理用品も隠す必要がない」と思える女性はどの程度いるだろう。冒頭に書いたように、月経は“シモの話”でもあり、生理用品から経血という“排泄物”を連想されるのが恥ずかしいという女性も少なくない(私自身は「経血=鼻血」論を唱えているが、鼻血が恥ずかしいという人もいるだろう)。

 これについて、「同じ排泄物に関わるものでも、オムツを買うときは丸見えだ」とか「トイレットペーパーも丸見えだけど恥ずかしくない」という意見もあろうが、生理用品が外から見えると恥ずかしいという人は、おそらく生理用品をオムツやトイレットペーパーと同等には捉えていない。どちらかと言うと、下着に近い感覚なのではないだろうか。ショーツやブラジャーを買ったとき、透明の袋に入れられるということは、まずない。

 生理用品が入った紙袋がレジ袋の中に透けて見えることや、不透明レジ袋を持ち歩くことの方がかえって目立つから恥ずかしい、という意見もある。そういう人たちは、他の商品で生理用品を隠したり、マイバッグを持参したりしているようだ。

 たしかに不透明袋を持っていると、「何か“恥ずかしいもの”を買った」と詮索されないとも限らない。その点、レジ袋を不透明袋で統一し、何を買おうと不透明袋に入れる某ドラッグストアの対応が、最も実際的である。

 店側が生理用品を不透明袋に入れることについて「月経をあからさまに表現することを憚る風潮を作り出している」という意見があるが、店側は、さまざまな価値観に対する最大公約数的なサービスをしているに過ぎない。生理用品を不透明袋に入れないことで文句を言う客もいるだろう。そういう客に対して「月経は恥ずかしいことではありませんから、生理用品も堂々と持ち帰ってください」とは言いづらい。

 かりにドラッグストアやスーパーなどが、「月経をあからさまに表現することを憚」っているとしたら、あんなふうに溢れんばかりの生理用品を陳列棚に並べたりするだろうか。

  「生理用品は隠すべきではない」という人や、「紙袋は資源の無駄なので要らない」という人は、レジでひと言「見えても構いません」と言えばいい。そういう人たちが増えれば、いずれ生理用品も他の商品と同様に扱われるようになるだろう。

風俗の面接って何をするの? 意外と簡単に入れてしまう風俗業界

 これまでmessyで風俗嬢の本音を聞いては記事にしてきた筆者。話を聞けば聞くほど、「つらいことも絶対あるけど、それでお金をもらえるなら……」とあやうく業界入りしてしまいそうに(?)なりますが、風俗嬢の友人たちはみな口を揃えて「入らなくて済むなら入らないほうが絶対良いよ」と言います。

 彼女たちは何かしらの決断をして、風俗という業界に入りました。まずは風俗嬢になると決意するのが第一関門ですが、その次に待ち構えているのは、風俗店への連絡と面接です。

 風俗の面接って「なんだか怖そう」なイメージがありますが、実際はどのようなものなのでしょうか。ピンサロ・ヘルス・ソープとさまざまな業種&店を経験した現役風俗嬢のりりあさん(23歳/仮名)に風俗の面接について話を聞いてみました。

意外とすんなり入れてしまう風俗店

 りりあさんいわく、風俗スカウトを通して入店するパターンもあるそうですが、彼女は今まで自分で店に連絡して、店のスタッフと面接の日程を決め、面接→入店してきたそう。

「●ニラとか、ま●きゅーもといった高収入求人サイトを見て、店を決めて、そこから店に連絡する感じですね。普通のバイトを探すみたいな感じで、地域とか業種とかを選んで。サイトには待機方法(個室か集団か)や、アリバイ会社の有無なども明記してあるんで、そういうのを見て、店を選ぶ感じです。私は、店のサイトで客側にはどんなプレイができると説明しているのか、どんな女の子が在籍しているのかって部分も見てます。求人に書いてあることと違う場合もあるので、店のサイトも見ておくべきですよ」

 サイトのメールフォームから連絡を送ると、比較的すぐ連絡が戻ってくるので、それで面接の日程を決めるそうです。

「面接はだいたい店の事務所とかですね。特別容姿などに問題がなければ本当にすんなり入店できてしまいます。私が受けた数店はスタッフさんもヤ●ザみたいな人ではないし、圧迫面接でもないですよ。高級店とかでない限り、下着姿になって面接、というのもなかったです。セクハラもありませんでした。スタッフさんには『なんでこの業界入ろうと思ったの』『お金何に使うの』というのを聞かれますね。とくに業界未経験だと『本当に入店する?』『無理しなくてもいいよ』と言われました。店側としては、入店はしてほしいけど、無理矢理働かせて面倒なことになるのは避けたいと考えているのかもしれません」

 りりあさんさんいわく「普通の見た目の女の子で、問題なく面接をこなしたら」、どの業種も想像以上にすんなり入れてしまうそうです。「太っている場合は、おデブさんを集めた専門店もありますし、若くない年齢だったら、人妻・熟女店もあります。自分に合いそうな店を選ぶのもポイントなんじゃないかな」とも話していました。

 ここまですんなりすぎてビックリしましたが、りりあさんいわく、「ひとつだけ注意がある」そう。求人などでよく見る、入店祝い金制度についてです。

「『入店すれば10万円!』と求人で謳っている店もあるんですが、実際には入店祝い金がない場合が結構あったりします。ある場合も、決められた回数出勤したらもらえるというパターン。一度、あるデリヘル店に入店した時、求人に書いてあった入店祝い金について聞くと、すっとぼけられたことがあって。ちなみにその店はヒマすぎるクソ店でした……。祝い金目当てで入店すると、肩透かしをくらう可能性が大きいかもしれません」

 思ったよりも低い風俗業界へのハードル。風俗系の求人サイトを見ると、多くの店が募集を募っていました。「入りやすい」ということは、「辞めやすい」ことでもあると思うので、風俗嬢需要はつねにあるのかもしれません。

“全裸ニャンニャン写真”流出の河北麻友子、「まだ数十枚存在している」マル秘写真の存在

 7月発売の「実話ナックルズ」(ミリオン出版)で、河北麻友子と目される女性の“ニャンニャン写真”が掲載された。直後、イベント出演した河北を、同誌関係者が直撃するというハプニングも発生(既報)したが、その後音沙汰はなくなっていた。しかし、一部業界関係者の間で、流出していない“さらなる衝撃写真”の存在が取り沙汰されているという。

 同誌に掲載された写真は、目線入りの男女がキスをしていたり、共に温泉に使っている“ニャンニャン写真”。相手の男性については「アスリート」と報じられており、ネット上では、「過去に河北と交際説が流れていた人物ではないか」とささやかれ、特定されつつある。

「さらに9月発売の『実話ナックルズ』には、同誌が河北本人に直撃した様子が掲載されていますが、本人は無言を貫いたまま。確かに衝撃写真ではあったものの、撮影時期が数年前であること、また本人や関係者が一切同誌の取材に応じないこともあって、すでにこの騒動は風化している印象です」(スポーツ紙記者)

 河北の芸能活動においても、特に降板やペナルティが発生したという話は聞こえてこず、ノーダメージで済んでいるようだが……。

「問題なのは、すでに掲載された3点以外にも、大量の写真が存在するという点です。一部業界関係者の間では、写真の内容に関する情報も出回っているようで、本人や事務所も気が気でないはず。セックス写真はないものの、例の男性とのツーショットが何十枚も存在しているといいます」(芸能プロ関係者)

 当時、その男性と河北は真剣交際をしており、結婚も意識していたとされる。

「それらの写真の中には、河北がドレスを着て、タキシード姿の男性とキスしているものまであるそう。すでに破局しているでしょうが、若気の至りとはいえ、写真を残してしまったのは痛手というほかありませんね」(同)

 新たな“ニャンニャン写真”が、河北の芸能活動に水を差さなければいいものだが……。

元TBS記者の「詩織さん」準強姦疑惑騒動はまだ終わらない。検察審査会の「不起訴相当」が民事で覆る可能性

 「週刊新潮」(新潮社)がかねがね報じている、元TBS記者でジャーナリストの山口敬之氏による準強姦疑惑。被害に遭ったという女性・詩織さん(28・苗字は家族の意向により非公表)が検察審査会に審査を申し立てていたが、9月22日、「不起訴相当」の議決が公表された(議決は21日付)。

 2015年4月、東京・恵比寿で山口氏と会食した際に記憶をなくし、気づけばホテルの部屋で仰向け状態となり、コンドームをつけていない状態の山口氏が跨っていた……という詩織さんの告発記事が「新潮」に掲載されたのは今年5月。記事には、2015年4月30日には高輪署に告発状が受理され、捜査が行われていたが結果「上からの指示で逮捕できなかった」と捜査員から連絡を受けたとある。その後山口氏は書類送検されたが、嫌疑不十分のために不起訴処分になっている。今回、これを不服として詩織さんが検察審査会に審査を申し立てていた。

 山口氏は弁護士を通じて「私を犯罪者と断定するような報道がされ、名誉は著しく傷つけられた。一連の経過で犯罪行為を認定されたことは一度もなく、不起訴が確定したことで完全に終結した」などコメント。詩織さんは「結果を知り驚きました。『不起訴処分を覆すに足る事由がない』と判断されたことについて、なぜそうなったのか、しっかり説明していただきたかったです」とコメントした。検察審査会は今回の不起訴相当の議決理由について、詩織さんがコメントするように「記録及び資料を精査し、慎重に審査したが、検察官がした不起訴処分の制定を覆すに足りる事由がない」とだけ発表している。

 さてこれで一件落着、とは当然なるはずもなく、この不起訴相当の議決を受け、再び報道は加熱した。「新潮」の第一報からすでに“安倍官邸御用達ジャーナリスト”とも言われる山口氏に対する当時の警視庁刑事部長・中村格氏による“忖度”があったのではないかという疑惑が取りざたされており、この議決もそうした“忖度”や“圧力”があったのではないかと報じるメディアもある。

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 10月5日号の「新潮」にも、検察審査会での議決に際して怪しい点があったと報じている。詩織さんの代理人弁護士のコメントとして、今年7月、第6審査会の事務局長から追加の証拠の提出時期を確認され、“証拠を追加のうえでの議決を希望されますよね?”と聞かれ“こちらにも都合がありまして”など、「あたかも、証拠がぜんぶ揃っていないのに判決を下していいですかと裁判官が聞くような行状」(記事本文より)があったのだという。

 加えて、審査に関しては審査員が望めば補助役の弁護士をつけることもできるが、この件に関してはついていなかった。検察官とは異なる立場の法律家の意見を聞くという状況にはなかったと記事にはある。

 だが実際には、検察審査会が「起訴相当」と議決を下すことは稀である。裁判所ホームページによると平成28年の検察審査会の受理件数は2190件。起訴相当という議決が下された件数は3件。不起訴相当は2023件。この件に関して何らかの圧力が働いたと見るには難しい現状がある。それでもやはり「新潮」の第一報が確かなら、捜査の時点から山口氏への“忖度”があったことになり、それゆえ、この議決は終わりではなく新たなステージの始まりと見るものも多いのだろう。

 詩織さんももとよりそのつもりだ。「新潮」(10月5日号)には彼女のインタビューも掲載されており、そこでは「民事で闘う」と、幕引きを図るつもりは毛頭ないことを宣言している。またそのために証拠を揃えることができるともある。特に、事件の舞台とされるホテルの防犯カメラ画像は現在入手できていないが、民事で争うことが決まれば提出が可能だと約束されていると明かしている。

刑事手続で無罪が、民事手続で過失に

 実際に刑事手続の結果と民事手続の結果が異なるケースは存在する。2012年12月に秋田市内の国道で交差点を横断中に乗用車にはねられ死亡した中学3年生の女子(当時15)の母親が、車を運転していた男性に慰謝料など約4500万円を請求した訴訟について、秋田地裁は9月25日、男性に請求通りの支払いを命じた。これは男性側に過失があると認められた判決だが、実際の捜査の結果では“女子生徒が赤信号を横断していた”と女子生徒側に過失があるとされていた。

 男性は女子生徒をはねたあと、自動車運転過失傷害の疑いで現行犯逮捕されたが、2013年7月、秋田区検が『女子生徒が赤信号で横断歩道を渡っていた』との捜査結果を基に男性を略式起訴し、秋田簡裁が罰金70万円の略式命令を出していた。母親はこれを受け2014年12月に提訴。男性側は民事の法廷でも当時の捜査結果をもとに「走行車線の信号は青で、女子生徒が赤信号を無視して横断歩道を渡った」と主張。過失相殺を求めていた。

 ところがこの民事訴訟を担当した斉藤顕裁判長は、男性が青信号を確認したとする現場手前の状況について「緩やかなカーブで信号が見えず、青だったとは確認できない」と、当時の捜査結果とは異なる指摘をした。さらに女子生徒が赤信号を無視して横断する事情もないとし、男性側の主張を退けたのである。

 検察審査会の議決結果は想定内だ。勝負の場は民事に移された。そこで詩織さん側から、どんな証拠が提出されるのか。山口氏がどう反論に出るのか。まだ幕引きなど、はかられてはいない。これからが本番だ。

(鼻咲ゆうみ)

「泉里香の乳首が長かったらいいのに」と願う柏木由紀と指原莉乃の性格ブス

 AKB48・NGT48の柏木由紀(26)が、28日放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に出演した際、AKB48の峯岸みなみ(24)からLINEの内容を暴露された。

 峯岸によれば、「私と柏木と指原の3人でLINEグループをやっているのですが、柏木の愚痴や妬みが下品すぎ」なのだとか。番組ではHKT48・指原莉乃(24)も含めた3人のLINEのやりとりが公開された。指原がモデルの泉里香(28)の写真をアップして、「この人絶対にブスって言われたことないよ」とコメント。「たしかに可愛いもんね」(峯岸)、「どんな人生やねん!それ!」(指原)と羨ましがる声が続き、柏木は「ないな」「乳首めっっっちゃ長いとかだったらいいのに」と悪口を送っていた。

 これに柏木は「悪気はない」「グラビアもモデルもやっていて、うらやましさしかないから、妄想で乳首がめっちゃ長かったら許せる」と釈明。

 泉については、主に指原が憧れている女性だとたびたび明かしていて、以前出演した番組では「こんなに可愛くて、お胸もあって、どうか乳首が長くあってくれ」、「羨ましくって。お願いだから乳首がちょっとだけ長くあってくれ」と、複数回“乳首長くあってくれ”発言をしている。指原は、「自分がコンプレックスの塊だから」、キレイすぎる泉にも「何かコンプレックスがあってくれないと……」と思っているそうだ。正直者とも言えるが、なかなかの性格ブスである。

 泉に対しては、ほかにも「お尻の毛がめっちゃ濃いといいな」「お尻にでっかいイボがあればいい」と願う発言をしているが、それよりも「乳首が長かったらいいのに」願望が顕著だ。どうやら、3人とも、乳首が長いことは“欠点”だと思っているようだ。

そもそも乳首に“普通”なんてない

 乳首は人によって色も形もそれぞれ。薄い色の乳首もあれば、濃い色の乳首もある。乳首が小さめの人もいれば、大きめの人もいる。陥没乳首の人だっている。乳輪が大きめの人だっている。

しかし、一般的には「乳首の色は薄めで、形もそんなに主張しすぎていないほうがいい、整っているほうがいい」と思っている人が多い。しかし、乳首だけでその女性の価値は暴落しない。指原たちは泉の乳首が長かったら良いと願っていたが、もし本当に泉の乳首が長かったとしても、彼女を魅力的に思う人は十分いるだろう。

 そもそも乳首に“普通”なんてない。その普通の基準を勝手に作って、「長いのは変」と決めつけ、バカにするのもおかしい話だ。

 指原いわく、柏木と峯岸の3人で、雑誌などで可愛い子を見つけては、「世の中にこんな可愛い女の子がいるなんてしんどい」と言い合っているという。峯岸もラジオで「基本、可愛い子には毒を吐いてますね」とコメントしている。泉里香についても、その可愛さを認めた上で、あくまでも自分たちを貶して笑いを取るためのネタとして使っているようだが、実に不毛なやりとりをしていると言えるだろう。

小顔、セレブ、巨乳アピール!? ネットをイラつかせる「タレントの自慢画像集」

 どこに行った、何を食べた、誰々と遊んだ、恋人とラブラブ、子どもが可愛い……いまやSNSを開けば、他人のありとあらゆる“リア充アピール”や“自慢投稿”が目に飛び込んでくる。素直に「いいね!」できればいいものの、イラッとさせるような内容も多いのが実情だ。特に他人に見られることを生業とする芸能人ともなれば、自己顕示欲や承認欲求が一般人よりも大きいのか、時に過剰とも思える自慢に走りがち。そんなSNSの自慢投稿で物議を醸したタレントたちを集めた。

■菜々緒
 今年7月、菜々緒が、自身のインスタグラムに、メジャーで顔の長さを計測する動画とともに、「顔が長いとよく言われるので測ってみたら大体16センチ」という投稿を唐突にアップ。さらに身長172センチなので、「10頭身売りにしていいですか?笑」とコメントし、「自慢ウザい」「わざわざ測らなくても」とネット上で物議を醸した。また、この前日、桐谷美玲がインスタで、スタッフの手と比較するような自身の顔写真をアップし、「顔が小さい」と絶賛されていたため、「対抗したのでは?」ともささやかれている。菜々緒は、過去にTwitterで「前髪ある人と顔の大きさ比べられたらそりゃ勝てないさ」とツイートしており、これは当時放送されていた月9『好きな人がいること』(フジテレビ系)で共演した桐谷への攻撃ツイートとウワサされたこともある。
※菜々緒 インスタグラムより

■中村アン
 前髪をかき上げる仕草と毒舌キャラでブレークした中村アン。現在はスポーツブランドの広告塔になるなど、ヘルシー路線に方向転換しつつある。学生時代にはチアリーディング部に所属し、全国大会にも出場していた中村だけに「頑張らなきゃ理想は手に入らない」という格言風の発言をしてしまうくらいに、流行の「クロスフィット」にハマっているようだ。週に2度通っているというトレーニング姿をインスタで公開すると「背筋がすごい!」「アスリートみたい!」と、その美ボディーをファンは大絶賛。しかし、パンツに指をかけて下腹部をチラ見せするなど際どいショットを投稿するなど、筋肉アピールが過剰すぎて「見せたがり」「露出狂」など物議も醸している。
※中村アン インスタグラムより

■ダレノガレ明美
 今年の8月、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演時、昨年6月に報じられた一般男性の恋人と破局したことを告白したダレノガレ明美。最近は、もっぱらジム通いに励んでいるようで、トレーニングの様子や、筋肉の張った腹筋を、たびたび自身のインスタグラムに投稿している。Twitterでは、筋肉で体重が1キロ増えたことを報告し、同時に「今は164cmの43.8kg」と体重を公表。「あと、2キロしっかり筋肉つけたい!」と意気込んでいる。ファンからは「スゴくキレイ!」「私も頑張ろうと思いました!」といった称賛の声が上がっているが、一方で「痩せすぎ」「細いアピール?」「筋肉をつけて体重を増やしたいはイヤミ」といったやっかみの声も聞こえてくる。
※ダレノガレ明美 Twitterより

■泉里香
 ファッションモデル兼グラビアアイドルの「モグラ女子」として人気急上昇中の泉里香。実は芸歴は長く、中学生の頃からティーン誌の専属モデルとして活動している。以前は浜千咲という芸名で、実写版『セーラームーン』でセーラーマーキュリー役を演じていたこともファンの間では有名だ。最近ではバラエティ番組への出演も増えたが、「大きすぎる胸がコンプレックス」という発言を繰り返すため、ファンからも「巨乳アピール」「またおっぱいネタかよ」と批判が噴出。インスタグラムにも、胸が強調された写真を多数アップされていることから、「どう見ても自慢しているとしか思えない」「あざとい」「男性に媚びてる」「女性ファンはどんどん減ってる」といった指摘が上がっている。
※泉里香 インスタグラムより

■田丸麻紀
 現在一児の母でもある田丸麻紀。彼女のインスタは、「セレブアピールがひどい」とネット上で苦笑されている。ブランド物のバッグや洋服、化粧品はもちろん、Dom Pérignonのシャボン玉や42本で5,400円(税込)するという桐箱に入った線香花火などの写真を続々アップ。しかしネット上で槍玉に上がっているのは、そういったあからさまなセレブ自慢写真よりも、子ども越しにドでかい液晶テレビを映り込ませるといった、“間接自慢”写真。「仕事が終わりあわててスーパーへGO!!! 今夜は何を作ろうかな」という何気ない文章に、高級そうな車に乗っていることを匂わせる車内の写真を添えた投稿には、「どこの外車ですか~?」「見たことないボタンがいっぱい!」など、ツッコミコメントが殺到していた。
※田丸麻紀 インスタグラムより

■板野友美
 モデルなのか歌手なのかタレントなのか、何が本業なのかよくわからなくなっている元AKB48・板野友美。決して「順風満帆な芸能活動を送っている」とは言えない状況の板野だが、インスタグラムは頻繁に更新し続けており、新調したネイルの写真に、ディオールの化粧ポーチを映りこませるなど、さりげないセレブアピールに余念がない。この、ブランドロゴを見切れさせるテクニックを板野は多用しており、ほかにもシャネル、プラダ、ミュウミュウなどの高級ブランド品を登場させている。芸能人としてのキラキラぶりをアピールしているのかもしれないが、ネット上では「いやらしい」「下品」と叩かれまくり、仕事が激減したのにセレブ暮らしを続けている様子には、ファンから散財を心配する声も上がっている。
※板野友美 インスタグラムより

■浜崎あゆみ
 浜崎あゆみが、8月10日に、自身のインスタグラムで「よさこい祭り」を見に行ったことを報告。その際、浜崎が着ていたのは入手困難なルイ・ヴィトンとSupremeのコラボジャケットだったのだが、浜崎は、このブランドコラボアイテムを立て続けにインスタにアップし、ネット上で話題となった。どの写真も、ロゴがわかりやすく写し出されていることから、「セレブ自慢に必死」「ブランドアピールがあからさますぎる」「落ち目だといわれてるのが悔しいんだろうね」と批判が噴出。また件のジャケットを、“背中が見えるように羽織る”という着こなし方をしていたことから、「ちゃんと服を着ろ」「だらしがない」「背中のお肉が丸見えだよ」など、本人の思惑とはかけ離れた辛辣なツッコミが相次いだ。
※浜崎あゆみ インスタグラムより

■辻希美
 自身のブログに、夫・杉浦太陽と「SNOW」で撮影したラブラブツーショットを掲載した元モーニング娘の辻希美。ネット上では、「ラブラブ自慢って高校生かよ」「いい年してみっともない」といった声が噴出してしまった。その一方で、かねてから、こうした自慢投稿をたびたびしている辻だけに、批判を通り越して「またか……」と呆れるネットユーザーも。実際、ハグに壁ドン、キス写真まで公開しているので、「辻が何をしでかしても、もう驚かない」人は少なくないのかもしれない。プールに行っても、寿司屋に行っても、子どもの悩みを相談しても、何をしてもお約束のように悪口をいわれる辻。しかし、炎上をまったく恐れない“鋼のメンタル”に、一部ネット上では「ある意味すごい」と称賛の声まで上がっている。
※辻希美 オフィシャルブログより

■安藤美姫
 2014年に自身のインスタグラムで、スペインのフィギュアスケート選手ハビエル・フェルナンデスとの交際を報告し、以降、彼とのラブラブ写真をインスタにアップしまくっていた元フィギュアスケート選手の安藤美姫。一時は、ハビエルと安藤の娘の仲睦まじい様子も投稿しており、ネットユーザーからは「いつか別れたら赤っ恥だよ」「こういうラブラブ自慢は、結婚してからやりなよ」といった指摘が続出していた。そんな不安が的中するように、今年2月頃から、安藤のインスタに、ハビエルの写真がぱったりとアップされなくなり、破局説が浮上。本人は破局を否定しているものの、その後、やはり2人の写真は投稿されず、ラブラブアピールにイラついていたネットユーザーは「ざまぁみろ」「言わんこっちゃない」と大喜びしているようだ。
※安藤美姫 インスタグラムより

水原希子の「芸名問題」にみる日本の閉鎖性と人種差別~ナタリー・ポートマンもブルーノ・マーズも芸名。その本名は?

 「水原希子は日本人じゃないのに、なぜ日本名を使う?」と一部でかまびすしいが、これは人種差別の言い換えである。水原希子を非難している者たちが言わんとしているのは「韓国人は韓国名を名乗れ!」である。

 本来、女優やモデルがどの国で活動しようが、どんな名前を使おうが、まったくもって本人の自由だ。しかし水原希子が日本名を使わなければならないのは、日本に人種差別があり、かつ人種差別主義者だけでなく、「私は人種差別主義者ではない」と思っている多くの人も、名前に表される国や民族に対してなんらかの偏ったイメージを抱いているがゆえだ。

「日本人」の定義とは?

 ネットであちこち検索した結果、水原希子のバックグラウンドはおおよそ以下のようである。

水原希子:在日韓国人の母親とアメリカ人の父親のもと、アメリカのテキサス州で1990年に誕生。本名はAudrie Kiko Daniel (オードリー・キコ・ダニエル)。米国籍。一家は水原が2歳の時に日本に移り、以後、水原は日本で育つ。兵庫県で育ったため、関西弁。英語はあまり得意ではないと思われる。韓国語を話すかは不明。

 こうしたバックグラウンドを持つ水原が日本で芸能活動をするにあたり、もっとも容易なのは日本名を使うことだろう。アメリカ人、または白人とのミックス(ハーフ)であることを全面に押し出すためにオードリー・ダニエル名義でデビューすることも可能だっただろう。そこは本人のアイデンティティと、ビジネス戦略次第だ。芸名は文字どおり「芸」の一部なのだから。

 水原が韓国籍や韓国名を持っているか否か、韓国系としての強いアイデンティティを持っているか否か、どちらも筆者に知る由はないが、日本の芸能界の状況をみる限り、 韓国名を使うのは大変な困難に思える。

 いずれにせよ日本は「生まれた国」「母親の人種・国籍」「父親の人種・国籍」「育った国」「国籍」「話す言葉」がすべて「日本」でなければ「世間」が日本人と認定しない、非常に稀な国である。

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ユダヤ系女優が「英語名」を名乗り、米国大統領夫人を演じる

 アメリカ人俳優もエスニック名を伏せて芸名を使うことがある。興味深いのは、アメリカにおいて外観からマイノリティであることが明らかな黒人やアジア系より、非WASPの白人のほうが芸名を使うケースが多いことだ。

 WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)とはアメリカにおける白人のマジョリティ・グループを指し、ユダヤ系やイタリア系などは白人であってもWASPではない。だがWASP風の名に変えることによってWASPとして扱われ、WASPの役を得やすくなるのが芸名を付ける理由だ。

 ハリウッド女優のナタリー・ポートマンも芸名を使うひとりだ。

ナタリー・ポートマン
本名:Neta-Lee Hershlag(ネタ-リー・ハーシュラグ) 1981年エルサレム(*)生まれ。米国とイスラエルの二重国籍。母親はユダヤ系アメリカ人、父親はイスラエル人。両親はイスラエルで結婚し、ポートマンはエルサレムで誕生。3歳の時に一家でアメリカ・ニューヨーク郊外に移住。8年生までユダヤ学校に通い、ヘブライ語を話す。ユダヤ教徒。
*イスラエルとパレスチナ自治区の双方が首都と主張

 ポートマンはインタビューで自身のアイデンティティについて、以下のように語っている。

「アメリカをとても愛しています……が、心はエルサレムにあります。私が故郷と感じる場所です」

 ポートマンはユダヤ教徒であり、本名の Hershlag はユダヤ系に特有の姓だ。アメリカで女優となるにあたってユダヤ系の名前では成功しにくいと考え、芸名を使っているのだろう。

 アメリカのユダヤ系には社会的、経済的な成功者が多い一方、民族全体への偏見は今も残る。理由はキリスト教が中心のアメリカにおいて非クリスチャンであることに加え、第二次世界大戦中、ナチスによる凄惨なホロコースト(大量虐殺)を体験し、被害者としての「暗い」イメージを与えられてしまったことだ。ポートマンの父方の曾祖父母もアウシュヴィッツの収容所で殺されている。

 しかし人種としては白人であるため、英名を使うことによってユダヤ系のイメージを払拭できる。ただし、ほとんどの俳優は経歴自体を隠すことはせず、ポートマンもユダヤ系として上記の発言をおこなっている。

 そのポートマンは昨年、ケネディ大統領の妻ジャッキー・ケネディの伝記映画『ジャッキー』に主演した。アメリカ史上もっとも愛されたファーストレディのひとりであり、アメリカを象徴する女性を見事に演じ切ったポートマンは、アカデミー賞最優秀女優賞にノミネートされた。

スペイン名では「ラティーノと思われる」

 日本でも高視聴率を上げたドラマ『ザ・ホワイトハウス』(1999-2006)で合衆国大統領を演じたマーティン・シーンも、本名は Ramón Antonio Gerardo Estévez (ラモン・アントニオ・ジェラルド・エステベス)だ。父親がスペインからの移民であり、アメリカ生まれの息子にもスペイン語の名前をつけたのだ。

 スペイン系のマーティン・シーンは白人だが、アメリカでスペイン語の名を持つとラティーノ(中南米系)と思われることのほうが多い。これでは白人の役が取りにくく、マーティン・シーンという芸名となった。

 移民はアメリカで生まれた二世の子供にアメリカになじみやすいよう英名をつける者と、民族アイデンティティを維持させるために祖国の名をつける者に分かれる。マーティン・シーンの父親は息子にスペイン系のプライドを持たせるべくラモンと名付けたが、息子本人は職業上の理由により芸名を使っている。しかし、そのマーティン・シーンも4人いる自分の子供全員にスペイン語の名前を与えている。

 長男エミリオ・エステベスも父親の後をついで俳優となったが、本名のままだ。誰が聞いてもラティーノと思う名前であり、エスニック・アイデンティティと俳優としてのリスクを考え合わせた上での決断だったと思われる。三男カルロス・エステベスもやはり俳優となった。一時は多くの映画やドラマで主役を務め、のちにドラッグ問題を起こしたチャーリー・シーンだ。芸名に父と同じ「シーン」を使っている。俳優としてはエミリオ・エステベスよりチャーリー・シーンのほうが成功したと言えるが、成功の理由と芸名との因果関係は不明だ。

 イタリア系もステレオタイプ化されることが多く、かつ独特の名前が言いにくい、覚えにくいことから芸名をつける俳優やミュージシャンがいる。例えばレディ・ガガの本名は Stefani Joanne Angelina Germanotta(ステファニ・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ)だ。現在、ドラマ『マダム・セクレタリー』で米国国務長官を演じている女優ティア・レオーニの本名は Elizabeth Tea Pantaleoni(エリザベス・ティア・パンタレオーニ)である。どちらも中高生くらいの時期、クラスのいわゆるアホ男子から「マフィアみたいだ」などとからかわれていたかもしれない姓である。

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音楽性とエスニックの不一致

 ミュージシャンであれば、音楽ジャンルと姓のエスニック性が合致しない場合にも芸名が使われる。

 R&Bミュージシャンのアリシア・キーズの本名は Alicia Augello Cook(アリシア・オウジェロ・クック)だ。母親はイタリア系の白人、父親は黒人だが、黒人音楽家としてイタリア系の姓オウジェロでは売りにくいことがキーズという芸名の理由と思われる。

 ブルーノ・マーズの本名は Peter Gene Hernandez(ピーター・ジーン・ヘルナンデス)。母親はフィリピン系だが、父親がプエルトリコ系なのでヘルナンデスというヒスパニック名を持つ。この姓だとほぼ間違いなくラテン音楽と思われ、ラティーノ以外の音楽ファンにスルーされてしまう。ブルーノは人種や民族性を超えた音楽を演るだけに、それを危惧したのではないだろうか。

 上記はすべてアメリカにさまざまな人種や民族が同居し、(1)それぞれにステレオタイプなイメージがある (2)WASP以外は差別の対象になりうる (3)音楽ジャンルがエスニックごとに分かれている ことから芸名を用いている例だ。

 一方でエスニック名のまま活動している俳優やミュージシャンも多い。アニメ『アイス・エイジ』シリーズのシド(ナマケモノ)の吹き替えで知られるジョン・レグイザモもプエルトリコ系だ。コメディアン/俳優としてのデビュー時、英語話者が発音しづらい姓を変えるよう忠告を受けたが、あえて本名で貫いたと語っている。

セレブでなくとも、スタバネーム

 アメリカにおいて名前で苦労するのはセレブだけではない。

 アメリカに暮らすと、日本人も自分の名前を意識せざるを得ない。まず直面するのが、名前を正しく発音してもらえない、綴ってもらえない、覚えてもらえないことだ。アメリカは取引先ともファーストネームで呼び合う社会であり、名前を覚えてもらわないことには何も始まらない。そこで日本人も「タカシ」であれば「Ted」、「ノブコ」であれば「Nikki」など、イニシャルだけは合致するアメリカン・ネームを使う人がいる。

 普段の生活では英名が不要な人も、スターバックスでは「エイミー」や「マイケル」といった簡単な英名、いわゆるスタバネームを使う。カップに書くために名前を訊かれ、「Ka – o – ru」とゆっくり区切って伝えても何度も「はぁ?」と聞き直され、あげくにまったく違う名前を書かれてしまう。この体験はアメリカにおける日本人のマイノリティ度をつくづくと思い知らせてくれる。

 スターバックスはまだ笑って済ませられるが、そうはいかないのが就職だ。アメリカでは履歴書に写真を貼ることはしないが、名前で人種や民族を推測される。アフリカ系アメリカ人の姓は多くの場合、ごく一般的な英名だが、ファーストネームには「ラティーシャ」「デショーン」など特有なものが多い。

 UCLAのリサーチセンターが、求人広告を出している実際の企業に同一の学歴と職歴で、名前だけをいかにも白人風、いかにも黒人風に変えたものを送付する実験をおこなった。すると白人風の名前のほうが面接に呼ばれる率が高いという結果が出た。このことはリサーチをするまでもなく、当のアフリカ系アメリカ人の間では知られたことであり、求職者の中にはいかにも黒人風のファーストネームの代わりに、どの人種でもありえるミドルネームで応募する人もいる。ちなみにカナダでおこなわれた別の同内容のリサーチでは、アジア系の姓でも同じく面接に呼ばれる率が低いという結果が出ている。

どんな名前も名乗れる自由を

 結局、俳優も会社勤務も等しく「仕事」なのである。会社勤めの場合はまず履歴書審査を通って面接にこぎつけなければならない。俳優の場合は人気が出ないことにはどうしようもない。とくに顔を知られていない無名時代は名前で人種や民族を推測され、できる役も回ってこない可能性がある。さらに怖いのは人種差別主義者からの非難や中傷だ。

 アメリカも日本も人種とエスニックに対する偏見や差別があるからこそ、芸名を使わなければならない俳優やミュージシャンが存在する。ゆえに水原希子を「韓国人は韓国名を名乗れ!」と罵倒することは純然たる人種差別である。夢を売ることが仕事の俳優やミュージシャンは、夢を売るためのツールとしてどんな名前を使ってもよいはずだ。

 だからこそ、水原希子本人が日本名であれ、英名であれ、もしくは韓国名であれ、使いたい名前をなんの心配もなく使える社会であること。女優として魅力的なのであれば、どんな名前であっても人気が得られること。これが理想形の社会なのである。だが、日米ともにそこまでの道のりはまだまだ遠いのである。
(堂本かおる)

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