「14ウーマン」の記事一覧(5 / 175ページ)

上白石萌音&萌歌、石田ゆり子&ひかり、有村架純&藍里……芸能人姉妹のシビアな“格差問題”

 嵐・松本潤主演の映画『ナラタージュ』で、RADWIMPS・野田洋次郎作詞曲の主題歌を担当している謎のシンガー・adieu。「17歳の現役女子高生」などと情報が小出しにされているが、間もなくその正体が発表されるという。

「歌唱を担当しているのは、女優・上白石萌音の妹で、女優の上白石萌歌です。姉の萌音は劇場アニメ『君の名は。』のヒロイン役で知名度を上げ、舞台挨拶では野田との即興演奏を披露したことがニュースになったものの、現在、芸能活動は伸び悩みを見せている。そこで萌歌の歌手活動を本格化させようとしたところ、トントン拍子で『ナラタージュ』主題歌が決定し、野田も姉以上に妹を気に入ってしまったそうです」(レコード会社関係者)

 萌音と萌歌は同じ東宝芸能の所属だが、今後は姉妹の“格差”が懸念されているようだ。

「もともと萌音には、同事務所の長澤まさみも担当するベテランマネジャーがついていましたが、今後を見据えて、萌歌も担当することになるそうです。今後、格差が露骨に出てしまうシーンも多々あると予想されますが、姉妹仲はいいだけに、萌音がそれを乗り越えられるかどうか」(同)

 上白石姉妹以外にも、芸能界で活躍する姉妹は少なくない。女優・石田ゆり子とひかり姉妹は、姉・ゆり子が設立した個人事務所に揃って所属する変わり種だという。

「長年所属した事務所から揃って独立した際には、将来を不安視されていたものですが、ゆり子は『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)に出演したことで再ブレーク。今クールの『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~』(フジテレビ系)出演が決定しており、新たなファンをつかんでいます。そんなゆり子と比べると、ひかりはいまひとつパッとしないように見えますが、今年は深夜ドラマ『屋根裏の恋人』(フジテレビ系)で14年ぶりにした連続ドラマ主演を果たしました。それも、ゆり子人気に便乗したキャスティングかもしれないと予想できますが、姉妹揃っての再ブレークに期待したいところです」(芸能プロ関係者)

 数いる芸能人姉妹でも、圧倒的な格差を指摘されているのが、有村架純と藍里姉妹だ。

「姉の藍里は、名前や身分を隠して活動していたものの、一部出版社の入れ知恵から、突然『有村架純の姉』という看板を大々的に使うように。その後、大手プロに移籍すべく水面下で動きを見せていたものの、架純の所属事務所が藍里をよく思っていないことから、ほかの芸能プロが尻込みし、結局ずっと出版社が面倒を見ていますよ。確かに姉妹の仲はとてもいいそうですが、それを売りにすることもできず、藍里にとっては厳しい状況が続きそうです」(出版関係者)

 姉妹揃って芸能界で成功することは、単純にブレークするよりも遥かに困難な道と言えそうだ。

世紀末の悪女? 自己実現のため戦うヒロイン? ゲイのアイコン?~オスカー・ワイルドの『サロメ』

他の男はみんないやらしい。でもあなたは美しかった!(オスカー・ワイルド『サロメ』1028–1029行)

 上の引用はオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』のヒロインの台詞です。聖書を元にしたこの作品は、若きユダヤの王女サロメの激しくも残酷な恋を描くものです。サロメがヴェールを脱いで裸になる「7つのヴェールの踊り」があまりにも有名ですが、実はこのお芝居は人によってほとんど解釈が正反対になり、フェミニスト的なのか性差別的なのかについてずいぶん議論が行われている、なかなか難しい作品です。今回の連載ではこの『サロメ』について書きたいと思います。

※この記事の『サロメ』からの引用は全てOscar Wilde, The Importance of Being Earnest and Other Plays, ed. by Peter Raby (Oxford University Press, 1998)に収録されているSalomeの拙訳です。

全裸目当てで見ると悩んでしまう、難しい芝居

 『サロメ』は1891年にまずフランス語で書かれ、1894年に英語で出版されました。

 舞台はユダヤの太守ヘロデの宮廷で行われる宴の一夜です。サロメはもともとヘロデのきょうだいとその妻ヘロディアスの娘ですが、ヘロデがヘロディアスと略奪婚したため、今ではヘロデの義理の娘になっています。

 若く美しいサロメは宮廷にとらわれている預言者ヨカナーンに一目惚れしますが、ヨカナーンは神の言葉に夢中でサロメのことなんか鼻も引っかけません。ふられたサロメは、絶対にヨカナーンの唇にキスすると誓います。そんなサロメのところに、ヘロデから宴席で踊ればなんでも望みのものをとらせるという申し出があります。サロメはダンスと引き換えにヨカナーンの首を要求し、運ばれてきた生首にキスして誓いを果たします。それを見たヘロデはサロメを殺させます。

 『サロメ』というと7つのヴェールの踊り……ということで、1枚ずつヴェールを脱いで全裸になる場面ばかりが注目されるのですが、実は肝心のダンスについてのト書きは「サロメが7つのヴェールの踊りを踊る」(831行)という単純なもので、別に服を脱げとか全裸になれという指定はありません。アクロバットとかベリーダンスが想定されていたのではないかなどとも言われていますが、はっきりしたことはわかりません(Bentley, p. 31)。言ってみれば演出家や振付家に任されているわけで、自由度が高いとも言えます。

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見る人の数だけあるサロメ像

 しかしながらこのお芝居は短いわりには複雑で、全裸目当てで見ると悩んでしまうようなところがあります。以前この連載でとりあげたクレオパトラも観客によって見方が変わる女性像でしたが、サロメもイギリス・アイルランド演劇史上もっとも多様な解釈が可能なヒロインのひとりです。世紀末の女性嫌悪的ファンタジーに満ちた悪女と考える分析もあれば、家父長制に対して反逆する「新しい女」と見なす批評家もおり、さらにこの作品は同性愛に関する戯曲だと考える人もいます。おそらくどの解釈で上演するのも可能です。

 19世紀末の芸術では、男を破滅させる魅力的なファム・ファタルが大流行していました。ファム・ファタルはマゾヒスティックな性的ファンタジーを満足させるキャラクターですが、一方で男性の女性に対する恐怖と嫌悪を体現する女性像でもあります。『倒錯の偶像』で世紀末のミソジニーを舌鋒鋭く批判したブラム・ダイクストラは、ワイルドのサロメは「愚かな背信と飽くことのない肉体的欲求」(p. 610)に突き動かされた「激しくあくどい反女性的象徴主義」(p. 614)の結晶であり、世紀転換期の凶悪な女性嫌悪の最たる例だと論じています。このような読みに従う場合、『サロメ』はヒロインが偉大な預言者を破滅させた後、ヘロデに殺されることで家父長制的な秩序が回復される非常に性差別的な芝居ということになります。

 一方、サロメをフェミニスト的なヒロインととらえる見方は、この正反対といってもいいものです。たとえばジェーン・マーカスは、サロメを世紀末に社会の決まりに反逆したいわゆる「新しい女」(ニュー・ウーマン)だと考えました。つまり、サロメは主体的な性的欲望をもって家父長制に刃向かい、ダンスという男性に強いられた見世物を精一杯自己表現に変えようとするフェミニスト的なヒロインだということです。

 また同性愛者として弾圧を受けることになったオスカー・ワイルドの一種の分身だという解釈も根強く存在します。私はあまりにも著者の個人的な背景に作品を引きつける批評は良くないと思っているのですが、『サロメ』についてはどうしてもワイルド自身の人生や美学を考えざるを得ないところがあります。ワイルドはのちに『獄中記』で、自分は「芸術において最も客観的な形式として知られている演劇を個人的な表現の方法にした」(p. 95)と述べていますが、『サロメ』はワイルドの最も個人的な戯曲で、ヒロインには著者本人のセクシュアリティが投影されていると考えられています(ショーウォーター、p. 270; ミレット, p. 278)。

 今年の夏にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが上演した『サロメ』は、まさにこうしたワイルドのセクシュアリティと作品を結びつけるもので、イギリスで男性同性愛が合法化された50周年記念の演目として作られ、サロメはある種のゲイ・アイコンになりました。ヒロインを演じるのは若い男優マシュー・テニスンで、台詞回しや身のこなしは男の子か女の子かわからないような曖昧さをこめたものになっています。サロメはセクシーな悪女ではなく、純粋で傷つきやすく、セクシュアリティに関する悩みを抱えた子どもで、大人たちがはやしたてる中で男性器を露わにして踊る場面は痛々しいものです。演出家のオーウェン・ホースリーはプログラムのインタビューで、この芝居が「とても直接的に十代の観客に語りかける」ものだと述べており、『サロメ』は大人向けの残虐でセクシーな戯曲だという固定観念に挑戦しています。

サロメは美の求道者?

 こうした説の中で、上演台本として考えた時、私が一番魅力的で説得力があると考えるのは、最後にあげたサロメをワイルドのある種の分身と見なす解釈です。『サロメ』は芸術に関する芝居であり、ヒロインは絶対に手に入らない男性の愛を求めている美の求道者なのではないでしょうか。

 この作品に登場する預言者ヨカナーンは美しく、サロメはその音楽のような声、白い肌、黒い髪、赤い唇などを口をきわめて褒めちぎります(287 – 352行)。しかしながらヨカナーンは自身の美しさに全く気付いていませんし、サロメのことを見もしません。サロメは「私のことを見てくれたら、私を愛してくれただろうに」(1049–1050行)と言っていますが、ヨカナーンは神の声は聞くことができても、現世の美しさを感じることについてはからきしダメです。また、どうやら人を見る目はあまりないようで、ヘロディアスの娘だというだけの理由で、処女で男を嫌っているサロメを堕落した女呼ばわりします(291行)。ヨカナーンは自分が持つ美を無駄遣いし、人の美を認識することもできません。一方でサロメはヨカナーンの美を認識するばかりでなく、ダンスで自分自身美を創造します。サロメは徹底して美を追い求めているのです。

 しかしながら、サロメがヨカナーンに恋するのは、ヨカナーンが圧倒的な美を持つ一方で、サロメの美にたやすく心を動かされない人物だからでもあります。

 記事冒頭の引用で述べたように、サロメは男が嫌いです。この背景には、サロメが継父ヘロデから性的虐待を受けているということがあります。サロメの最初の台詞はヘロデからの性的嫌がらせを告発するもので、「お母さんの夫があんな目で私を見るなんておかしい。もう意味わかんない。ううん、本当はよーくわかってるんだけど」(125–127行)というものです。この「意味わかんない」という発言は、ヘロデの視線の意図が読めないという意味ではなく、わかりすぎるほどわかっているが、あまりにもおぞましいので認めたくないという心境を示すものです。

 若いシリア人ナラボスもサロメに恋しており、まだ幼いサロメは宮廷のさまざまな男たちから性的な目で見られているようです。そんな中で見つけたヨカナーンは「月のように貞淑」(266行目)で、おそらくサロメが今まで出会った中でも数少ない、自分を嫌らしい目で見ない男です。ヨカナーンはつらい家庭環境に耐えている十代の子どもが憧れるにはうってつけの、新鮮で孤高の雰囲気をたたえた高嶺の花のような人物です。絶対に手に入りそうもない近づきがたさが余計、恋心を燃え上がらせます。

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作者の分身としてのサロメ

 周りの環境によって性的主体性を奪われ、美しいが自分の手には決して入らない男性を渇望しているというサロメの境遇は、美に最高の価値を置く唯美主義者であり、男性と恋愛関係にあったワイルドの境遇に直接重ねられるものです。

 ワイルドは唯美主義の旗手として、道徳や社会規範よりも美を重視する芸術的な信念を持っていました。一方、ワイルドが生きていた19世紀末のイギリスでは男性同性愛は犯罪で、表沙汰になれば社会的に抹殺される可能性もありました。実際、ワイルドは『サロメ』を書いた数年後に同性愛の罪で投獄されることになります。以前の連載で少し触れたように、ワイルドにとって男性の美しさは芸術的にも、人生においてもきわめて重要なテーマだったと考えられ、セクシュアリティと芸術家としての美学が強く結びついています。しかしながら、ヴィクトリア朝末期に男性美の追究を実践することは、危険な行為でもあったのです。

 サロメはこうしたワイルドの不安と強い美学的信念がいりまじったヒロインと言えると思います。道徳も規範も捨てて美を追い求め、自ら美を創り出すこともするサロメは唯美主義の芸術家です。一方でサロメがヘロデに殺される結末からは、美を求める者を社会が認めず、冷たい仕打ちをすることが示されています。このような美を求めてやまないが報われない芸術家というモチーフは短編「ナイチンゲールと薔薇」など、ワイルドの他の作品にも見られるものです。そしてワイルドは結局、サロメやナイチンゲールのように、美を求めた末、投獄され亡くなるという結末を迎えました。

 いささかロマンティックにすぎる解釈だとは思いますが、『サロメ』はワイルドの芸術家としての自覚についての物語だと思います。美と社会の関係を描いた政治的な作品である一方、個人的な不安と信念の披瀝でもあります。そして、おそらく美を求める者は、たとえ社会から冷たくされるとわかっていても、美を求めずにはいられないものなのです。

参考文献

エレイン・ショーウォーター『性のアナーキー――世紀末のジェンダーと文化』富山太佳夫他訳(みすず書房、2000)。
ブラム・ダイクストラ『倒錯の偶像――世紀末幻想としての女性悪』富士川義之他訳(パピルス、1994)。
ケイト・ミレット『性の政治学』藤枝澪子他訳(ドメス出版、1985)。
Toni Bentley, Sisters of Salome (University of Nebraska Press, 2005).
Jane Marcus, “Salome: The Jewish Princess Was a New Woman”, Bulletin of the New York Public Library, 78 (1974): 95 – 113.
Royal Shakespeare Company, Oscar Wilde: Salomé (2017).
Oscar Wilde, The Importance of Being Earnest and Other Plays, ed. by Peter Raby (Oxford University Press, 1998).
Oscar Wilde, De Profundis, in The Soul of Man, and Prison Writings, ed. by Isobel Murray (Oxford University Press, 1999), 38 – 158.

セントフォース牧野結美が引退、リベンジポルノも不倫の代償で「自業自得」なのか?

 フリーアナウンサーの牧野結美(27)が所属していた芸能事務所セント・フォースの退社と、「アナウンサー活動の休憩」を発表した。本人が9月30日放送のラジオ番組『ちょこっとやってまーす!』(MBSラジオ)冒頭で、「皆さんには言ってなかったんですが、今日、牧野結美はこの番組を卒業します」と公表。結婚(寿退社)ではなく彼氏もいないと話し、4月から気象キャスターとして出演していた報道番組『TOKYO MX NEWS』(東京MXテレビ)を秋の番組改編で降板したことが直接のきっかけだという。これを「人生の転機」と受け止め、「違う道を探そう。辞めよう」と決意したそうだ。このラジオがアナウンサーとして最後の仕事だったそうで、今後はしばらく休養をとってから一般企業への就職も選択肢に入れていると話した。

 ただの転職として見れば、まったく大事ではない。しかし彼女が思うようにアナウンサーの仕事を出来なくなった事情が、誰かの悪意によって追い詰められた結果だとすればあまりに気の毒だ。

 彼女は2012~2015年2月まで静岡朝日テレビの局アナとして活動、可愛すぎる地方アナとして注目を浴びて2015年3月からセント・フォース所属のフリーアナウンサーとなり上京。同年3月30日から毎週月曜~金曜早朝の情報番組『めざましテレビ アクア』(フジテレビ系)のメインキャスターに鳴り物入りで抜擢されたが、わずか一年で“卒業”している。わざわざ安定した局アナの仕事を蹴り、おそらくは野心を持って上京したにもかかわらず、たった一年のみのレギュラー。その後は『めざましテレビ』でキャスターではなくリポーター業を不定期で行っていた。

 このメインキャスター降板には、同年夏のスキャンダルが影響していると見られている。週刊誌上に、ある不倫関係の男女のベッド写真を含むツーショットが複数、カラーで掲載されたのだ。男女とも顔面にはモザイクがかかっているものの、記事では「日本を代表するテレビ局のキャスターをつとめる」「学生時代に芸能活動を行い、大学ではミスキャンパスにも輝いていた」などのヒントが与えられ、一般ネットユーザーによって瞬く間に<この写真の女性は誰なのか>検証された。歯並びや唇の形、服装の一致などから、その女性を彼女だと断定する声は日に日に大きくなっていった。

 もちろん件の写真にうつる人物が誰なのかは、モザイクがかかっている以上、断定できない。そのうえで、そこに映っている女性が、相手男性と不倫関係なのにツーショット写真やキス写真を撮る脇の甘さがあったことは否めない。しかしベッド写真は密室での行為を第三者視点で撮影したようなカットが多く、彼女が知らないうちに相手、また第三者によって盗撮されていた可能性もある。盗撮被害、またはすでに関係を清算していたはずの元彼氏による復讐目的の画像流出、いわばリベンジポルノ被害だったとも考えられる。そのベッド写真をいつまでも嘲笑のネタにされて、平然としていられるほど神経の太い人間は多くはない。

 こういった写真が世の中に出回るのは、写真を撮ることに了承した女性側の自業自得だったり、あるいは“不倫”という彼氏の配偶者などから恨みを買うことも大いにあり得る恋愛をした罰だと見られがちである。さらに目立つ職業の女性だったら出る杭は打たれるとばかりに、熾烈なバッシングを受ける。志半ばで「やりたい仕事」の道を閉ざされることも、自己責任であり脇が甘かったせいだ、となる。あまりにも代償が大きすぎる。一方で、不倫ごときが報じられても「なかったこと」になり、流出によってイメージが激変してしまうような写真があっても決して出回ることがなかったり、あるいはネット上にそうした写真があったとしてもテレビなどマスメディアでは「そんなものはどこにもない」という共通認識のもとで元気に活躍し続けられるタレントもいる。そのタレントを守るためにあらゆる策が講じられるのだ。社会はそんなに公正ではないので、仕方がないことなのかもしれない。

(犬咲マコト)

JYJ・ユチョンとジェジュンを間違えて表紙掲載!! ファンが「週女」に「全誌回収しろ」と激怒

 10月10日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)が犯した“致命的なミス”が原因で、一部JYJファンが大荒れしている。同誌ではJYJ・ユチョンが、婚約者とともに国内で羽根を伸ばしていたことを伝えているが、表紙にユチョンではなくジェジュンの写真を掲載。ネット上では「全誌回収しろ!」という、強烈なクレームも多数書き込まれているようだ。

 同誌発売とほぼ同時に、ファンはSNSなどで「週女」に対するバッシングを展開。「強く抗議しました」など、編集部へ直接電話報告をするケースも相次いでおり、同誌ウェブサイトには、即座に謝罪文が掲載された。

「『週女』は今年6月にも、Hey!Say!JUMP・中島裕翔の肩書を、表紙で『セクゾ』と謳ってしまった“前科”がある。おそらく表紙の制作に関しては、情報漏えいの恐れもあるため、編集長を始めごく少数の人間しかチェックしていないのでは。決して手を抜いているわけではないものの、こうした事故が続くようであれば、今後は改善しなければならないでしょうね」(雑誌編集者)

 また、JYJ各メンバーの関係性が、「今回のミスに対するファンの怒りを増幅させているのでは」という指摘も。

「スキャンダルで騒がれることが多いユチョン、ジュンスに対して、ジェジュンは常日頃から真面目にアーティスト活動を行っています。ジェジュンは、ほかの2人が起こすスキャンダルで割りを食っている部分が否めず、ファンは以前から苦々しい思いをしていたんです。今回のユチョンの記事も、内容は完全にプライベートなものだけに、ジェジュンファンからすれば、『なぜユチョンに間違われなければいけないんだ』と、当然面白くない。あえてジャニーズでたとえるなら、NEWS・手越祐也のスキャンダル記事に、増田貴久の写真を掲載してしまうほどに、罪深いミスといえるでしょう」(K-POPに詳しいライター)

 単なるミスとはいえ、ファンの怒りもまた当然。ただ、「週女」側に何らかの悪意があったわけではなさそうなだけに、今後ファンに遺恨が残ってしまわないことを祈りたい。

「30歳までに結婚したかった」鹿児島出身女子が、1年で離婚後も東京に留まるワケ/上京女子・ケース6

29歳から30歳になる。それはある種の女性にとってかなり「ビビる」時だ。

ただひとつ年を重ねるだけなのに、ものすごく大人になるような。仕事でもプライベートでも「大目に見てもらう」こともできなくなってしまうのでは、そんな恐怖がある。30歳までに何かしておかなければいけないんじゃないか? 仕事でも恋愛でも成果を出しておかないと!

私もそんな風に、出所のわからない焦りに惑わされていたひとりだった。しかし、実際に30歳を過ぎた今、大した変化はない。むしろ、楽になった実感さえあるのだけれど。

今回話を聞いた有紀も、「30歳までに何とかしないと」と焦りを感じていたひとりだった。

「30歳までに結婚したかった」鹿児島出身女子が、1年で離婚後も東京に留まるワケ/上京女子・ケース6の画像2
今日の上京女子・有紀(33)
今日の上京女子/ 稲垣有紀(仮名)33歳 マンションのフロント係

「私話すのが下手だから……私なんかでちゃんとした取材になるのかなあ」と戸惑いながらも取材に応じてくれた有紀は、柔らかい雰囲気の女らしい人だ。現在は得意の語学を活かして、入居者の4割近くが外国人だという都内の高級タワーマンションのフロント係として勤務している。

「ニュージーランドの大学を卒業して、英語が好きだから今の仕事を選んだんだ。毎日笑顔で挨拶して、入居者の方たちと雑談したり、時には感謝されたり。今の仕事はすごく楽しいし自分に合っていると思う」

しかし、29歳の頃は仕事で悩んで体調を崩し、休職中だったという。

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鹿児島から上京。29歳。仕事は辛い。30歳までに結婚したい

ニュージーランドの大学に在学中から、子供が好きで、語学や教えることも好きだという理由から、「児童英語の先生になりたい」と考えていた有紀。オーストラリアに2カ月間留学し、児童英語の資格を取得。大学卒業後は故郷の鹿児島に帰り、すぐに児童英語の先生として働き始めた。

「子供は可愛いし、仕事自体は楽しかったんだけど……。社会保険にも入れない、ちょっとブラックな会社だったんだよね。だから、このままここにいたらだめだなって思って」

そう思った有紀は転職活動を開始、ニュージーランド滞在時にはインターンで販売業を経験していたことから、今度は「英語+販売」の仕事をしようと思いついた。

「英語を活かせる販売業っていうと、やっぱり成田空港かなと思って、成田の免税店で働くことにしたんだよね。最初は東京で一人暮らしをすることに親も反対してたんだけど、社員寮もあるし、しっかりした会社だったから、最終的には許してもらえて」

仕事のために上京した有紀。当時24歳だった。仕事は忙しく刺激的で、時間は飛ぶように過ぎたが、28歳になったある日、過労で倒れてしまう。

「忙しい仕事だったっていうのもあるけど、人間関係にもつまずいていて、病院に行ったらドクターストップがかかっちゃって」

休職を余儀なくされた。これまでの忙しかった日々が嘘のように、何もすることのない日が始まった。

「当時彼氏もいなかったし、いきなり暇を持て余しちゃって。私これからどうしよう……って焦りはじめたんだよね。仕事ばっかりしてたら、一生ひとりなんじゃないかって」

そんな時、気晴らしに出向いた女友達との飲み会で、後の夫と出会うきっかけを掴むことになる。

「飲み会で女友達に『誰か気になる人いないの?』って聞かれた時に、ぱっとひとりだけ頭に浮かんだ人がいたんだよね。会ったこともない人だったんだけど、かっこいいなあって思ってて」

有紀が気になっていた男性は、有紀の友達の友達で、Facebookで時々見かけるだけの存在だった。有紀の友達は気を利かせてその場で彼に連絡、翌週には二人でデートする約束を取り付け、実際に会った二人はすぐに意気投合、半年後に同棲が始まった。

「休業していた仕事は退職してたし、30歳までには結婚したいって想いがあったから、すぐに籍を入れたんだよね。今思えば何をそんなに焦ってたのかって感じだけど」

アルバイトはしていたものの無職になった有紀。30歳という節目を迎え、「何者かにならないと」という焦りが、結婚へと急がせたという。

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「30歳までに結婚したかった」鹿児島出身女子が、1年で離婚後も東京に留まるワケ/上京女子・ケース6の画像3

結婚生活の破たん。それでも東京に留まる理由

しかし、結婚生活は、たった一年で終わりを迎えてしまう。

原因は、多くの離婚と同様にひとつではないが、そのひとつに彼の借金問題があった。有紀に内緒で抱えていた借金は280万。彼はSEの仕事をしていて高給取りだったので、すぐに返せる額ではあり、実際に半年もかからずに完済していた。けれど、『入籍前に大事なことを伝えられていなかった』というしこりはいつまでも残った。そういった信頼関係を揺るがす出来事の積み重ねにより、結婚生活は終わりを告げたのだった。

結婚生活が終わりを告げた後、一時は鹿児島に帰ることも考えたというが、最終的には2つの理由から東京に留まることを決めた。

ひとつ目の理由は趣味のダンス。有紀は東京に来てから、ハウスというダンスにハマっていて、週3日はダンスサークルに顔を出していた。ダンスを続けたい、それが東京に留まる大きな理由だった。

2つ目は、「まだまだ東京で見たいことがある」という好奇心だ。有紀は東京メトロが発行しているフリーペーパー『レッツエンジョイ東京』の発行を毎月楽しみにしている。

「フリーペーパーを見ながら、来月はこのイベントに行こう、あれを食べようって考えるのが好きなの(笑)。いつ地元に戻るかわからないから、今できることを精一杯楽しみたいんだよね。楽しみ尽くした後には、もしかしたら地元に帰りたいって思うかもしれないけど、それは今じゃない。今私の居場所は、鹿児島でも東京の家でもなく、『外』なんだって思う。とにかく、いろんな場所に行くのが好き」

先月里帰りしたという有紀。有紀の地元は1時間に電車が1本か2本しかこないような田舎だ。地元には2週間という長期に渡り帰省を予定していたため、出発前にマンションの横隣りと前の人たちに挨拶をしにいった。

「『2週間、家を空けるので何かあったらお願いします』って言いに行ったらさ、お隣の人が『じゃあ、何かあったら連絡しますね』って向こうから連絡先を教えてくれて」

一般的に「東京の人は冷たく、近所付き合いもあまりしない」というイメージはあるが、それは、もしかすると「東京の人はあまり近所付き合いしたがらないだろう」とお互い先読みして敬遠してしまっているだけなのかもしれない。

「お隣さんとは、それをきっかけに世間話とかするようになって、仲良くなっちゃった。東京の人が冷たいとは私は思わないな」

「人が好き」で「接客が好き」な有紀だからこそ、どこに行っても「人が好きな人」に出会えるのだろう。

坂口杏里ことANRIがトップを取らず引退… 全8作のAVでベストとワーストを勝手に決めてみた

 坂口杏里こと、ANRIちゃん(26)が芸能界を引退しました。9月29日に自身のInstagramで「色々ありましたが普通の女の子に戻りたくて決めた答えです」「15.16歳から26歳まで芸能界にいて、もうやりきりました」と引退を発表。これからについては、「キャバ嬢として頑張ってやっていきたい」そうです。芸能界はとっくに引退しているのかと思っていましたが、これはつまりAVも辞めちゃうってことでしょうか。

 タレント時代は、おバカキャラとしてバラエティ番組に出演していたANRIちゃん。プライベートでは、バイきんぐ・小峠英二さんとの交際&破局、そしてホストクラブ通いが発覚するなど、何かと世間を騒がせていました。その最中だった、昨年10月にANRIとしてAV女優デビュー。当時は「やるからにはトップになりたい」と宣言していました。

 AV女優としての活動は約1年でしたが、ANRIちゃんは単体女優として(?)計8本もの作品をリリースしました(意外と多い!)。ANRIちゃんといえば、デビュー作で「お尻が汚い」とメッチャクチャ言われていましたが、作品を重ねるごとにキレイなお尻になっていたんですよ。

 今回は、8作すべて鑑賞した筆者が独断と偏見で決めた、ANRI作品のベスト作品&ワースト作品を発表しちゃいます!

最初で最後の乱交モノがイイ!

【おすすめ作品・その1】
・『芸能人がチ○ポチ○ポチ○ポまみれの大大大乱交 ANRI』(6作目)

 ANRIちゃんの最初で最後の乱交モノです。4Pから5P、5Pから6Pへと男優さんが増えていき、最後は9Pに! この作品はダブルフェラにトリプルフェラ、連続顔射など、それまでの作品では見られなかったハードな路線。ANRIちゃんは意外にもノリノリで、「おかしくなりそう♡」「もっといっぱいおちんちんちょうだい♡」というエロいセリフを連発していました。8作の中で一番セックスに対して貪欲でエロい作品だったかと! なお、伸びっぱなしだったVIOラインが処理されているのをはじめて確認できた、記念すべき(?)作品でもあります。

▼ついにVIOラインが処理された!~坂口杏里、トップAV女優への軌跡を追う『芸能人がチ○ポチ○ポチ○ポまみれの大大大乱交 ANRI』【AVレビュー】

【おすすめ作品・その2】
・『芸能人 ANRI めちゃくちゃイッてるッ!』(3作目)

 この作品は、映像が始まって1分半で貞松大輔さんに挿入されちゃったり、小田切ジュンさんとラブラブに絡んでいるところにスケベ男優の吉村卓さんが乱入したりする、コメディ色が強い作品。ちょっとおバカっぽい演出が多いんですが、これがおバカタレントだったANRIちゃんにぴったりで。突然貞松さん挿入されて「なにこれ!」と素でリアクションしちゃっているANRIちゃんがなんだか可愛くみえてくる作品です。

▼ANRIのおっぱいが少しばかり増量している!? ~坂口杏里、トップAV女優への軌跡を追う『芸能人 ANRI めちゃくちゃイッてるッ!』【AVレビュー】

【おすすめ作品・その3】
・『本物芸能人と筆下ろししませんか? ANRI』(4作目)

 ANRIちゃんが“童貞ファン”と絡む作品です。お相手はプロ男優ではなく、素人の童貞(というテイ)なので、セックスはANRIちゃんがリードしていきます。緊張している童貞くんに「まずはハグしよ!」って抱擁してディープキスをしたり、童貞をフェラや手コキで責めては反応を楽しんだり……と積極的な一面を見ることができます。なお、作品内では童貞に関するクイズコーナーがあって、ANRIちゃんのおバカキャラぶりが発揮されまくるという、エロ以外にも楽しめる作品になっています。

▼ANRIの自虐と初めてのコンドーム装着~坂口杏里、トップAV女優への軌跡を追う『本物芸能人と筆下ろししませんか? ANRI』【AVレビュー】

演技が棒すぎ作品

【ワースト作品】
・ 『ヤルからにはトップを獲る!芸能人ソープ嬢 ANRI』(5作目)

 この作品は、ダントツに面白くなかったです……。会員制のソープランドに勤めるANRIちゃんがソーププレイをしていく、という内容。ANRIちゃんはマットプレイなどを一生懸命頑張っていたんですが、全体的に演技が棒なんですよ! 彼女の中で「奉仕するソープ嬢=おしとやか」ってイメージがあるのか、終始おとなしい雰囲気を貫き通していて。そのキャラがそもそも似合ってないし、なんだかビジネスライクなセックスだったんですよね……(まあビジネスなんですが)。本編とは別の、ソープ嬢の特別講習の映像ではマットプレイのローションにキャッキャしていたんですが。その感じで本編も撮影すればよかったのに!

▼過去最低の評価作…その理由は?~坂口杏里、トップAV女優への軌跡を追う『ヤルからにはトップを獲る!芸能人ソープ嬢 ANRI』【AVレビュー】

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 ANRIちゃんのAVデビューに当初は「堕ちた」なんて声が上がっていましたが、彼女は作品の中で「AVの仕事が楽しい」「成長したねって言われるよう頑張る」と話していました。だから、引退してしまったのは、ちょっと残念ではありますが、これからはキャバ嬢として頑張ってもらいたいものです。

 と言うか! 最近のANRIちゃん、Instagramの写真を見ると谷間を確認できるんですよね……。しかもI型谷間! 裸だと“ちっぱい”なのに。頑張って寄せているのかもしれないですが、それでもどうやって寄せているのか知りたい~~!

「勃ってないのに大きい!」トミー・リーの恋人が喜ぶ動画に、「ジョン・ハムのモノを見ろ」とネット激怒

 今から22年前、トミー・リー(55)と元妻が新婚旅行でやりまくっているセックステープが流出し「ドラマーとして食えなくなっても、ポルノ男優として食ってけるデカちん」と称賛された。だいぶ年月のたった現在、今度は彼の恋人(31)が、イチモツを舐めるように撮影しながら「勃ってないのに、すっごく大きい」と大喜びする動画をSNSに投稿。メディアは「年を取っても、縮まない男」と好意的に報じたものの、ネット上では「ジョン・ハムのモノを見てから言え!」「STD持ちのちんこのくせに!」などとディスる声で占められるという悲惨な状態になっている。

 トミー・リーは、1980年代に一世を風靡したビジュアル系ヘヴィメタル・バンド「モトリー・クルー」のパフォーマンス性の高いドラマーとして、セクシー系女性にモテモテな20〜40代を過ごした。人気ポルノ女優、美人グルーピーを食いまくり、大御所歌手で女優のシェール、プリンスを夢中にしたことがあるセクシー女優のカルメン・エレクトラ、世界中にファンを持つナンバーワン・ポルノ女優のジェナ・ジェイムソン、エッジィなロック歌手のP!NK、スーパーモデルのナオミ・キャンベル、ロッド・スチュワートの娘キンバリーなどなど有名どころにも手を出しまくり。2番目の妻は人気女優のヘザー・ロックリア、3番目の妻は「PLAYBOY」のプレイメイトでセクシー女優のパメラ・アンダーソンと、全米の男たちがうらやむラブライフを送っている。

 トミーがモテる理由としては、190cm近い長身で、おもしろい性格のロックンローラーだからだと思われていた。その見方が大きく変わったのは、95年のこと。3番目の妻パメラとの新婚旅行中に撮影したプライベートな「記念セックステープ」が盗まれ、ネット上に流出したのがきっかけだった。「トミーがデカいペニスでパメラをあんあん喜ばせる」動画に、世間は「これだけ立派なイチモツを持っているなら、どんな女性でも虜にできる」「プレイボーイなのも仕方ない」と納得。以来、敬意を払うようになったのだ。

 50歳を越えてもトミーの性欲は衰えることを知らず、美女ばかりと交際を繰り返している。2014年には、21歳年下のギリシャ系ドイツ人歌手ソフィア・トゥファと婚約した。その後いつの間にか彼女とは破局し、ネットで超有名なブリタニー・ファーランという女性との交際を始めた。

 ブリタニーは、6秒間の動画をループ再生して楽しむ投稿アプリ「Vine」に目をつけ、セクシーでコミカルな動画を大量に投稿して知名度を得た「今どき」の女性だ。彼女が「Vine」で宣伝するものは売れるとしてPR依頼が殺到し、15年には「インターネット上で最も影響力を持つ30人」リストに入るなど、Vineスターとして絶大なる人気を誇るようになった。「Vine」は今年1月にサービスを終了してしまったが、今もブリタニーの言動に注目している人は多い。

 トミーの彼女となったブリタニーは、インスタグラムに、彼と裸になって抱き合ったり、イチャイチャする刺激的なラブラブ写真を大量に投稿するようになる。トミーも巻き込んだコント動画を作って彼のインスタグラムに投稿することも多く、2人のインスタグラムの注目度は一気にアップした。

 そんなブリタニーが、インスタグラムのストーリーに投稿した動画が大きな話題を集めているのだ。

 米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」でも紹介された問題の動画は、豊満なバストを強調するピンク色のビキニ姿で「毎度毎度の~ビューティフォー・パラダイス~」と音程を外しながら歌うブリタニーの自撮り動画からスタート。次に「トゥルル~」と口ずさみながら、滞在しているホテルのプールから見える美しいカボ・サンルーカスの海を撮影。エメラルド色の海を映していると、背後からトミーの足音が聞こえてきて、彼女はカメラをオンにしたままくるりと振り向く。そして迷うことなく、トミーの股間にズームインするのだ。

 タトゥーだらけのトミーは、アクセル・ローズやマリリン・マンソン、ロバート・スミスらが激太りする中、80年代を代表するロックンローラーらしく、超細身体形をキープしている。太ももは筋肉などないように細いのだが、ブリタニーの関心は股間に一点集中している。

 トミーがプールサイド・チェアに横たわってからも、ブリタニーは股間をアップにして舐めるように撮影。「すごいわぁ」「みなさん、勃起してないのにコレですよ」とうれしそうにつぶやき、さすがのトミーも苦笑する。しかし、ブリタニーはスイッチが入ってしまったようで「あんたキャンプでもしてるの!? テントなんて張っちゃってぇ」と、盛りのついた猫がうなるように声を上げるのだ。「TMZ」は、「トミーは年を取っても、縮んじゃいない」と称賛した。

[button_more text=’引き合いに出されるジョン・ハムの巨チン’] トミーとブリタニーは8月に飛行機内のトイレに2人で20分間もこもり、わざとらしく時間をずらして出てくる姿を乗客に隠し撮りされてネットにさらされていた。ブリタニーはこの件について「もう~違うってば~」「アタシが気持ち悪くなっちゃってぇ」と弁解していた。しかし、水着の下のイチモツに釘づけになっている今回の動画を見ると、まったく説得力がない。そもそも飛行機内のトイレから出てきたブリタニーは、満たされた表情でルンルンだったのだ。「TMZ」も今回、この機内セックスの件を持ち出し、「これほどのデカチンなら、女が我慢できなくなるのも仕方ない」というニュアンスで報じた。

 しかし、世間はこの報道に対して冷ややかに反応している。ネット上では「あんな程度で『デカい』なんて笑える」と、バカにする声が多数上がっているのだ。

 特にサイズに関しては「ジョン・ハムのほうが断然上」「右曲がりのジョン・ハムの右に出るデカチンなどいない」「ジーンズをはいてても圧倒的な存在感を主張できるジョン・ハムのイチモツこそ、デカいとたたえられる」など、巨根で知られるジョン・ハムと比較して馬鹿にする人が続出している。さらには「いや、マーク・ウォールバーグもなかなか」「ジャレッド・レトのもすごい」とそれぞれが「自分の考える真の巨根」を推し始め、「トミー程度のちんこなんて」と冷笑しているのだ。

 また、02年に元妻のパメラから「トミーにC型肝炎をうつされた」と暴露されていたことから、「STD(Sexually Transmitted Diseases/性感染症)を拡散させてるちんこ」だとディスる声も上がっている。パメラは「トミーと一緒の針で結婚記念のタトゥーを入れたら、C型肝炎をうつされた」と説明しており、血液を介したものだと主張していたのだが、例のセックステープが世間に与えたインパクトのせいで「やりまくってヘルペスをうつされ、肝炎になった」と思い込んでいる人が多く、そのため「トミーはSTD持ち」だと悪口を言われているようである。

 ブリタニーとトミー(のちんこ)はこのようにネットでさんざん叩かれているが、2人のインスタグラムはバカップルぶりを炸裂させた幸せそうな写真や動画であふれており、世間のバッシングにめげることはないと思われる。今年21歳と20歳になるイケメンな息子たちの心中は複雑だろうが、トミーにはぜひ、ジイさんになっても「自慢のデカちん」で女性たちを惑わせ、セックス&ロックンロール・ライフを送ってもらいたいものだ。

ウッチャン、『逃げ恥』、『バイプレイヤーズ』…ポリティカル・コレクトネスの中で生まれつつある新しいエンタメ 西森路代×清田隆之(桃山商事)

今年4~6月に放映され、10月にはDVDの発売も予定されているドラマ『架空OL日記』(日本テレビ系)。バカリズムが、なぜ女性たちを過剰に貶めることも崇めることもなく、リアリティのある「OLモノ」を作ることが出来たのかを、ライターの西森路代さんと恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田隆之さんが語った前編。

後編からは『架空OL日記』にとどまらず、「男性的なコミュニケーション」から外れたトーク番組の魅力、そしてポリティカル・コレクトネスとお笑い、YouTuberとミソジニーなど、新しい価値観をもったエンタメの登場と旧態依然とした問題を抱え続けるエンタメの問題について話し合う。

* * *

清田 前編では、バカリズムのドラマ『架空OL日記』の話をしました。その中で、男性と女性のコミュニケーションの違いについて触れましたが、もうひとつ、個人的に憧れを抱いた女性同士のコミュニケーションがありました。それは、女子5人が自分の“生理的な感覚”を語りあっていたところです。やれ「タイツの履き心地が不快」とか、やれ「脱毛の痛さは輪ゴムで弾かれたのと同じくらい」とか、彼女たちはしょっちゅう身体感覚の話で盛り上がっていたじゃないですか。あれがとても羨ましく映った。というのも、男同士ってそういう会話も全然できないんですよ。たとえ誰かに言いたくても、「こんなことを話しても意味ねぇな」って切り捨ててしまう感覚がある。

西森 意味のない会話、オチのない話、次々と移ろう話題に、過剰反応する男性がいるのは、ある意味お笑い芸人のコミュニケーションが一般的にも浸透してしまった弊害かもしれませんね。男性の友達で、トーク番組『はやく起きた朝は…』(フジテレビ系)が好きって人がいるんです。松居直美と磯野貴理子、森尾由美の3人が、はがきを読んで他愛のない会話をしていて、それがすごく好きなんだそうです。私からしたら、そんなの普通じゃん、と思ってしまうくらいなんですけど、他愛のなさが削られてしまう昨今のテレビで実現していることに価値があるんだなと。

前編でも触れた『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)的な、枝葉のしっかりした会話をしないといけないという圧力から逃れたいという男の人もいるでしょうね。同じバラエティでも『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「立ちトーク」企画だと、思いついたままに話す良さがあって(もちろん、事前に打ち合わせはしているにしても)、そちらには、お笑い芸人特有のネタフリがあって最後にオチで回収してという会話の圧力がないのかなと思います。あと、私は『いろはに千鳥』(テレビ埼玉)という番組が好きなんですが、その番組も、ロケでどう会話が転がってもいい自由度があって、そこに本当に癒されるから、そういうギチギチに決められていない会話の良さっていうのも求められているのかなと。

清田 前編で「男は会話にテーマ(何について話してるか)とゴール(どこに向かって話してるか)がないと不安になる」という話をしましたが、そういう会話って極めて直線的だし構築的ですよね。脱線したり、無関係な方向に飛んだりすることが許されない。その一方、生理的な感覚や身体的な感覚をめぐる会話って、根拠も方向性もないじゃないですか。「何かこう感じた」って話なので。でも、それを相手にわかってもらえると、自分自身が肯定されたような気持ちになると思うんですよ。共感って単なる相づちの打ちあいではなく、互いに肯定しあうって行為のような気がしていて。これは男同士の会話に欠けているところだと感じています。

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西森 インタビューでも、男性の中には、「そのときどうでした?」と、あいまいな聞き方をすると、「どうでしたっていわれたって言われてもねえ」みたいな空気になる人もたまにいます。たぶん、とっさに出てこないんだと思います。でも、枝葉がしっかりしていなければっていう会話の圧力を感じているのは女性だけじゃないのかも。『すべらない話』的な話法から離れたいという気分もあるかもしれないですね。別に『すべらない話』の話法の芸も面白いことは面白いんですけど、なにかその話法に固執するのが男性性であると考えるほうが問題というか。

でも、実際、バラエティではむしろそうじゃないものも人気になりつつあります。いま出川哲朗さんと内村(光良)さんが再ブレイクしていて、彼らはいわゆる番組内での「偉い人」じゃないんですよね。バラエティにどれだけ出ていても「君臨」するタイプではないし、威圧感もない。出川さんはMCという管理職になれないまま、ずっといじられる立場で偉くならなかった。だからみんな怖がらないし、可愛らしさを感じて人気になっている。しかも、出川さんが『滑らない話』的な話法をすることもないだろうし、固執することもない。内村さんはいっときテレビの出演本数は減ったけど、それでもずっと第一線で、今や、あの世代の芸人の中で一人勝ち状態ですよね。しかもその人気の理由が「優しさ」というか、固執しなさにある気がするんですよ。『イッテQ』でも『内村てらす』(ともに日本テレビ系)でも、司会なのに全然「ザ・マスター・オブ・セレモニーです」って感じじゃなくて、ほかの人たちと楽しそうに座って、それでいて視聴率も持っている。

清田 ウッチャンがつくる場の空気が人気を得ているってことなんでしょうね。相手のことを否定しないし、貶めたりもしない。

西森 ウッチャンは今53歳だけど、まだ男性の売りが「優しさ」っていうことを受け入れられない人も多い世代だと思うんですよ。

清田 確かにそうですね。松本人志なんかまさに象徴的ですが、主張してナンボという価値観だし、常に「笑わせる側」「笑いをジャッジする側」に身を置いていて、笑われること、いじられることは決して許さない。そういう世代のホモソーシャルにあっては、ウッチャンのような周囲の良さを引き出す調和型の男性は「情けない男」と見られてしまう可能性がありそうですね。

西森 松本さんも、実は『水曜日のダウンタウン』(TBS系)なんかでは、そんなにふんぞり返った役割でもないんですよ。存在自体に威圧感があるのは、むしろ浜田さんとか、くりぃむしちゅーの上田さんとかもそのタイプですね。一人で台本持って別のところに立っているスタイルじゃないですか。でも、松本さんは何か意見求められるときのほうに思想や倫理観が見えてしまって、発言がニュースで物議を醸してしまう……。あの番組でも位置的には横並びで座ってるけど、そういうの関係なしで。

清田 ウッチャンじゃないですけど、僕も男性たちの優しいホモソーシャリティに触れると癒やされる感覚があります。バラエティじゃなくてドラマの話になりますけど、個人的に『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)で描かれたおじさんたちの友情がすごく好きで。大杉漣、松重豊、遠藤憲一などがキャッキャ言いながらシェアハウスで暮らしていて、一緒に家事をしたり、グループLINEで盛り上がったりと、仲が超いい。出演者はトップクラスに成功している俳優ではあるけど、みんな脇役=バイプレイヤーであって、いわば権力(=主役)を持てなかった側の人々の集まりなんですよね。本人役で登場する彼らの背景に見える「お互いいろいろ苦労してきたよな」っていう共感や共有が、男性同士の優しい連帯を生み出しているのかなと感じました。

西森 『バイプレイヤーズ』のおじさんたちも、コワモテの人が多いのに威圧感のない可愛らしさがありましたね。清田さんも言ったように、そこには、バイプレイヤーズだからってことがすごく関係があると思うんですよ。主役が社長とか部長だとしたら、バイプレイヤーズって課長とか主任で、それは出川さんの構図と同じなわけで。単にこじつけだと思うかもしれませんが、彼らの、社長とか部長のように偉ぶらないで、現場の中の一人であるという態度が、あのドラマの空気感を出しているわけですね。

逆にこれからは、「偉い人」でその権力を傘にきるタイプの人は今までと同じふるまいをしていたのでは大変になってくるはずです。昔のように上司として君臨できなくて、どういう振る舞いを選ぶかが問われてくる。会社なんかでも、そうだと思います。偉くて周りから立ててもらえることが当たり前だと思っていたのに、そうじゃなくなったら、「どうしてなんだ!」となって、不満がたまって不機嫌になったりする可能性もありますよね。そういうときに求められてるのって、セルフケアだと思うんですよ。メンタルも含めて、自分を認めて自分の面倒を見ることができる人。それができずに、周りに不機嫌をぶつけていると、周りだけじゃなくて自分にとっても大変でしょう。

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清田 「男性の不機嫌」は桃山商事でやってる恋愛相談にもしょっちゅう寄せられるテーマです。特に権力を持った男性(偉い人とか上司とか)の不機嫌は暴力に等しい。あれって、不機嫌を発露すれば自分の要望が通ったり、周囲が慮ってくれたりすることをわかってやっているんですよね。つまり不機嫌な態度って「便利な手段」なんだと思います。これは単なる想像に過ぎませんが、松本人志とか、石橋貴明とか、坂上忍とか、不機嫌な態度によって現場の人をめっちゃ支配してると思う。とにかく男の不機嫌は本当にやめてほしい。それでいうと、ウッチャンからは不機嫌さをまったく感じないですね。

西森 確かに、最近の「とんねるず」のことも話題になりましたけど、誰かを貶めて笑ったりするほうがありきたりで昔からなんの進歩もないんだってことに気づいていない人は気づいていないですよね。

一方でいま、「ポリティカル・コレクトネス(PC)が表現の幅を制限する」という批判があります。だからこそ、それを覆すのが挑戦であり、かっこいいことなんだ! みたいな方向に信じ込んで、人を傷つけるネタをあえてやる人がいるんじゃないかと思います。例えば、誰も傷つけないネタは、ナイフみたいに尖ってないからかっこ悪いとか、女性におもねっている感じがするからしゃらくせーとか、もっと言えば、俺がやりたいことを奪われて去勢された気分になるとか。それはミソジニーとも密接につながっているんです。それでテレビやお笑いが嫌いって視聴者も多いと思いますけど、実はもはや若い世代でそんなことを言っている人って少くなっているし、差別や弱いものいじめをネタに込めない人のほうが、ネタの精度はあがっていると思います。そういう新しい枠組みの中でどうやって新しい物語や笑いをつくるかが試されているから、誰も傷つけない笑いを作るほうがよっぽど挑戦的で難しくてかっこいいことだと思うんです。

清田 先日wezzyでも「ラファエル・禁断ボーイズ…これ以上放置できない、YouTuber業界に蔓延する性差別・民族差別的動画の実態」という記事が上がっていましたが、僕も最近、個人的に「YouTuberとミソジニー」問題が気になってます。VALU問題で活動休止中のラファエルや禁断ボーイズ、ベビーフェイスとマッチョボディで人気のぷろたん、「ナイトプールでガチ泳ぎ」という動画が炎上した6面ステーション、「レペゼン地球」というユニットに所属するDJ社長などなど……彼らは「街中で女性にお金をいくら渡したらラブホに行ってくれるか」「どうやったらおっぱいを触らせてもらえるか」みたいな検証動画や、女性に嫌がらせやセクハラをして盛り上がる動画、喜々として外見差別を叫ぶような動画などでめちゃめちゃ再生回数を稼いでるんですよ。

西森 全然知らなかったけど……そんなことが起こっているんですね。

清田 YouTuberって基本的に数字の世界で、誰がどう観ているかは問題にならない。そこではマジョリティにウケる内容のものが志向され、そのためには新しい価値観を提示するような動画よりも、旧態依然の価値観に乗っかった動画のほうが数字は稼げる。で、ミソジニーって残念ながらまだまだマジョリティの感覚なんですよね。さらに、売れっ子YouTuberの動画ってとにかく編集のテンポがめちゃめちゃいいんです。これは短い動画をサクサク観てもらうための工夫として発達したものだと思いますが、あまりにテンポがいいため、内容の是非を考える前に脳ミソが「おもしろい」と感じてしまう。リズミカルだから、観ているだけで気持ちよくなってしまうわけです。この「旧態依然の価値観×異常なテンポの良さ」という要素によって、観る者は思考する間も与えられないままミソジニーを摂取していく。ミソジニーなYouTuber自身にとって女性を全力でバカにすることは快楽だろうし、それで再生回数も稼げてしまうから、何も疑問を持たないどころか、それこそが大衆が求めているものだとすら考えて今後もミソジニー動画をバンバン作っていくと思う。こうやって若い世代にもミソジニーの構造が再生産・再強化されていくことを考えると、かなり恐ろしいことだなと……。

西森 そういう“快楽や条件反射で見てしまう”ものが増えすぎたとき、プロの芸人さんが「自分たちはちゃんと知恵を使って逆のものをつくろう」となったらいいなと思いますね。それに、稲垣さん、草彅さん、香取さんの三人の「新しい地図」の「武器はアイデアと愛嬌」って、この対談で言ってることのまさに要約じゃないですか。

清田 おおお! まさに! 素人くさい笑いの世界観に、最も嫌悪感を催すのはプロの作り手たちのはずですもんね。

西森 さっきも言いましたけど、テレビがコンプライアンスで昔のようなことはやれなくなっている中で――もちろんその状況を私がマイナスと捉えているわけじゃないです――「俺たちはそんなこと無視して過激なことやっちゃうぜ」っていう方向で視聴率を取ろうとするバラエティ番組はたまにあります。でもそれが支持されるかというと、そうじゃなかったりする。今のドラマでも、旧態依然の価値観、例えばアラサーの女子は焦って結婚したがってるだろうという価値観で物語を作っても受けなくて、むしろそんな価値観からこぼれた人を描いた『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)のほうが高い評価を受けました。やたらと保守的なほうが本当は受けるんだっていう神話を信じてる人は多いし、CMなんかでも、もうそれで炎上を狙うようにまでなってしまったように見える事実もありますけど、実は新しい価値観のもののほうが、視聴者にも届くんじゃないかなと最近思っています。

清田 『逃げ恥』や『カルテット』(TBS系)のヒットもそうだし、『架空OL日記』のような作品が話題になるのもその兆候を表していますよね。お笑いの世界でも、ブルゾンちえみやカズレーザーという新しいジェンダー観を持った芸人が大ブレイクを果たしている。またNetflixなどで観られる海外ドラマには、PC的にもクオリティ的にも圧倒的に先を行ってる作品が目白押しです。そこではレズビアンもピルもタバコも宗教も女性の自慰行為も、ことさら特別なこととしてではなく、生活の中に存在する一要素としてごくナチュラルに描かれている。登場する男性たちのジェンダー観もかなり進歩的です。明石家さんまがNetflixをライバル視してると言うなら、海外ドラマのそういう部分を謙虚に学び、ミソジニーYouTuberを駆逐するような笑いを作ってくれたら、めっちゃカッコイイなって思います。
(構成/斎藤岬)

稲森いずみも平子理沙化!! 急に顔がパンパンになり、肌ツヤを取り戻すアラフォー女優たち

 3日に、女優の稲森いずみ(45)がブログを開設し、人生初というセルカ棒を使った自撮り写真を投稿した。稲森のブログのコメント欄には「密かにこの日が来る事を願ってました。ブログ開設とても嬉しいです」「40歳を超えてからの稲森さんがなんだかとてもステキに思えるこの頃です。応援しています」「相変わらずキレイですね」と歓喜の声が寄せられている。

 稲森のブログ開設は、12日の木曜日からスタートする連続ドラマ『刑事ゆがみ』(フジテレビ系)のタイトルや稲森の役名がヘッダーに記載されていることから、ドラマの宣伝を兼ねたものだろう。

 5日には同ドラマ主演の浅野忠信(43)と神木隆之介(24)との3ショット自撮りを投稿し、「ドラマで一緒の浅野さんとりゅうともセルカ棒を使って撮らせて頂きました」「初共演の浅野さんはどんな要求にも乗ってくれて、とにかく、とにかく優しいです。ノリが良くてユーモア溢れるお方です」「りゅうはあんなに小さかったのに久しぶりに再会したら立ち振る舞いが大人でびっくり~~」とドラマをきっちり宣伝している。

 さて、そんな稲森だが、どちらの写真も頬が膨れ上がり、顔全体がパーンと張っている。10月2日に『FNS番組対抗 オールスター秋の祭典 目利き王決定戦』(フジテレビ系)に出演した時や、8月18日放送の『アナザースカイ』(日本テレビ系)に出演した時にも、ネット上で「顔怖いよ」「なんか顔変わった。イジッたか?」「ほっぺおかしいだろwww」「ほっぺ異物感がハンパないよ!」「顔は太ってないのに頬だけぽっこり。シワのケアのためかな」と視聴者から動揺の声があがっていた。

 最近では、中山美穂(47)も頬がパンパンだと騒がれたことがあった。もともと頬骨が少し出ている中山だが、映画際の舞台あいさつでメディアの前に姿を現すと、顔の変わりようにネットは騒然。「パンパンマンやないか!」「またひとり平子理沙が増えた」「中山美穂って認知出来ないレベル」「絶対なんか入れただろ!」と美容整形を指摘する声が相次いだ。

 長谷川京子(39)にも、16、17年頃から「頬が腫れてる!」との噂が囁かれるようになり、以降メディアに露出するたびに「ヒアルロン酸でも入れた?」「平子理沙にそっくり……残念」と話題になる。

 多くの女優やモデルが指摘される「顔パンパン現象」。美を保つために、ヒアルロン酸注入やリフトアップなどの美容医療をすることは非のある行動ではないが、彼女たちはインタビュー等で「美の秘訣」を質問された時には言葉を濁したり、「何でもない普通のケアです。お肌は内側から体調を整えることが大事なので~」と決して突然、顔の皺が消えてパンパンに腫れ上がるような美容法は語らない。美容医療が発達している今、そろそろ、どこのクリニックで何を定期的に受けているなどの詳細を教えてもらえないものだろうか。

(ボンゾ)

バカリズムが『架空OL日記』で、抑圧されたOLたちのゆるやかな女子の連帯を描けた理由 西森路代×清田隆之(桃山商事)

今年4~6月に放映されたドラマ『架空OL日記』(日本テレビ系)は、バカリズムが脚本・主演をつとめた新世代のOL物語だった。郊外の銀行に勤める5人の女子たちの、何が起きるわけでもない日常のドラマを、ライターの西森路代さんと恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田隆之さんは、高く評価している。

「ミソジニーの感じられるネタ」もあったバカリズムが、ありがちな「OLモノ」の展開を避け、リアリティのある描写と面白さを『架空OL日記』で成立させることができたのはなぜか。10月中旬にDVDの発売が予定されている『架空OL日記』の魅力に迫る。

* * *

清田 僕は『架空OL日記』をリアルタイムでは観ていなかったんです。バカリズムって、テレビのネタ番組で女子を戯画化してバカにするようなコントをやっていたりするから、「すごくミソジニーが強い人」というイメージがあって。そういう人の書くOLドラマだから、同じような感じなのかな、と思って当初は敬遠していました。実は、西森さんが主催した『文化系トークラジオ Life』(TBS)のトークイベントに出演させてもらったとき、「事前に観ておいてほしい」と言われて初めて観たんですよね。観始めたら、1話の冒頭からジェラート・ピケのパジャマ着て朝の身支度をするOL・升野(バカリズム)が出てきて、「うわ~、完全に女子をバカにしてるな~」って(笑)。

西森 「女子の朝の支度は長い」みたいなシーンでしたね。ヘアバンドして顔を洗って、鏡見ながらリップグロス塗ったりして。私は5話くらいの放送で偶然見たので、そういう構えた感じなくすんなり入れたのですが。

清田 そのあと、夏帆演じる真紀ちゃんと出勤途中で合流し、「寒いね」「マジ寒いね」ってひたすら言い合うシーンが続くんですが、これも「意味のない会話をする女たち」ってことなんだろうなと思って、ずっと身構えていました。でも、1話を観終わる頃に、「これはちょっと違うぞ……」ってなって。まず、OL5人の間にディスりあいが全然ないんですよ。世の中には「女同士で集まったら上辺だけの会話をして、陰で文句を言いあってる」というテンプレがあるけど、『架空OL日記』は全然そういう方向に行かない。そこから「これはもしかしてすごいドラマかも」って、冷ややかだった目線が一気に反転しました。

西森 バカリズムさん演じる「私」の後輩の紗英ちゃん(佐藤玲)が、ちょっと困った人なんですよね。更衣室のゴミを全然片付けなかったり、先輩たちの中の1人にだけ「彼氏いるんですか?」って聞かなくて変な空気にしたり。でも、そこで「あの子変だよ」と除け者にするわけではなくて、「こういう子だからね」って感じであまり関係性に響かない。ひとつくらい嫌なところがあるからって、排除する感じがないのがすごくよかった。

私自身がOLとして働いていたことがあるからわかるんですけど、会社の仕組みのせいでいがみ合わされるのがバカバカしい。それは後でわかったんですけどね。抑圧的にも聞こえるかもしれないけど、できるだけ穏やかに毎日が過ごせる方向に自然に持っていこうとしていたところはありました。

清田 その環境で生きていかなきゃいけない人たちならではの立ち居振る舞いが必要とされるわけですね。

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西森 『架空OL日記』でも、先輩の酒木さん(山田真歩)が「サンダルではなくパンプスを履きましょう」とか「冷蔵庫の中を整理しましょう」とか貼り紙をしていて、ああいうのもリアルでしたね。実際に、コーヒーサーバーの掃除のために当番でちょっと早めに来るルールなんかもあったんですけどね。そのときに、当番さぼる人というか、どっちかというと連絡もなしでやってない人がいるとめちゃめちゃ腹立つんですよ。一言いってくれれば、ぜんぜん変わるのに、何も言わない人が一番やばい。だから、実際には『架空OL日記』ほどうまくいってなかったかもしれない。でもそこでいがみ合っていたら、孤立してしまう。私はOLもやったし、フリーもやったし、契約社員で編集もやってたからわかるけど、孤立していてもまったく問題ない仕事とそうじゃない仕事があって、OLという働き方は後者なんです。個人の裁量があれば、好きな時間にご飯を食べて、やらないといけない用事があれば外で打ち合わせも資料探しもできるし、そんなに集団行動を重要視する必要はないかもしれません。でも、そうでない仕事では、ある程度、みんなでルールを見つけて、楽しくやっていくこともありだなと思っていました。しかも、そのころは長くても三年契約だったので、その三年を気分よくまっとうしようという気持ちもあったんで。『架空OL日記』は、派遣ではなかったですけど(派遣の人もちょろっと出てましたけど)そういう環境の中でのゆるい連帯の塩梅がとてもよかったです。

清田 そうそう、連帯があって、絶妙な距離感で仲良しなんですよね。いがみ合いも陰湿な陰口もないし、男絡みで仲が壊れることもない。これにはかなり意図的なものを感じました。Lifeのトークイベントでも話しましたが、個人的に最近のドラマや映画には「女子の連帯(=シスターフッド)」を優しく描く作品が増えていると感じていて、例えば朝ドラの『べっぴんさん』や『ひよっ子』(NHK)、坂元裕二脚本の『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)や『カルテット』(TBS系)、大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)など、いろいろ挙げられます。そういう作品が増えていて、『架空OL日記』もその流れの中にあると思います。

西森 男性が女性の物語を書くとき、「女性にはふわふわ楽しい会話をしていてほしい」という方向性にいく場合がありますよね。でも『架空OL日記』は、ふわふわした女性らしさというか、「こうであってほしい女性像」を描いているのとも違うんですよね。なんでもない会話を見て「萌え」を感じさせるとか、そういう消費される女子を描いているとも思えない。もしそうだったら、男性には人気だけど、女性にはさほど受けないというコンテンツになったと思います。

逆に、ギスギスしていがみ合って仲が悪くなるものを消費するパターンもある。私がもしOLモノを書けって言われても、ちょっと前だったら、やっぱりセオリーとしてそういう展開をどうしても入れてしまうんじゃないかって気もしてしまいます。でも『架空OL日記』はどっちでもなかった。やたら女性を貶めるか崇めるかになりそうなところを、そういう視点はまったく抜いて、それで面白い作品にしているのが本当にすごいですね。

清田 しかもすごいと思ったのは、ガールズトーク中に「顔を近づけてしゃべってくる上司の口臭がクサい」という話題になったとき、「うんこの臭いがするからウンハラ(ウンコハラスメント)だよ」「チカハラ(顔が近いハラスメント)、クサハラ(クサいハラスメント)、ウンハラ、日本の3大ハラスメントだね」とゲラゲラ笑いあっていたシーン。これを男性であるバカリズムが書いたのは本当に画期的だと思いました。というのも、男って「女同士は下世話な会話をしている」と思いつつも、そこから「自分たちが女性からジャッジされている」という想像を巧妙に排除してると思うんですよ。例えば「女性は俺のことをクサいと言ってるかもしれない」って、考えることすら恐怖ですもん。だから普通ならそういう想像は排除し、「女同士で陰口を叩きあってる」というイメージに逃げ込むと思うんですが、そうせず、バカリズムが「男の口からうんこの臭いがした」と盛り上がる女子たちの姿を正面から描いたのは本当にすごいことだと思う。

西森 それも、女性を「こうであってほしい」という目線で書いてないからですよね。それと同時に、ちゃんとOLの生活にリアリティがあるんですよ。9話で描かれた「早帰りの日」のエピソードは、さっさと店舗を閉めて帰り支度をする男性上司たちに、「全然終わらないんですけど」と女性行員が言っても無視されて、心中で悪口言いながら黙々と作業をする。上司たちは、下の人の作業量なんか見ていないんですよね。「お達しを出せば皆早く帰れていいだろ」くらいの考えでやっている。

別にあの上司たちはそこまで悪い人ではないのかもしれないけど、権力を持っているからこそ無自覚で鈍感になるという部分も描かれていたと思う。バカリズムさんに観察眼があるからこそ、いろんなものが矛盾なく入っているんでしょうね。

清田 昼食後の女子トイレで歯磨きをするシーンも興味深かったです。5人がみんな歯を磨きながらしゃべってるから、何言ってるのかさっぱりわからない。なのに、不思議と会話が成り立ってるんですよ。あのシーンから「女同士の会話は適当で意味がない」というメッセージを受け取ることもできるかもしれませんが、男である自分にとっては、むしろ“女性特有の高度なコミュニケーション”に見えました。あれっておそらく、相手の言葉は聞き取れないけど、各々が勝手に意味を読み取りあって会話してるわけですよね。これは男にはできない芸当です。男の人って、会話にテーマ(何について話してるか)とゴール(どこに向かって話してるか)がないと不安になってしまう傾向があると思います。だから、仮に男だったら「えっ、今なんつった?」「これってなんの話?」と不安になってしまうはず。

西森 『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系/以下『すべらない話』)みたいですね。話の骨組みがしっかりしてて、枝葉を茂らせてちゃんとオチをつけて、っていう。

清田 そうそう。『すべらない話』が男性的な会話スタイルの極北だとしたら、あの歯磨きは対極にあると思います。

西森 でも、あれは参加している人も何を話してるか本当はわかってないんだけど、わざわざ「ちょっと待って!」って止めるよりも、雰囲気のまま会話を続けていいや、っていう感じかもしれない。

清田 深読みしすぎですかね(笑)。でも、適当に受け流していいところと、ちゃんと意味を共有すべきところを的確に判断しながらコミュニケーションを進めていくのって、かなり高度なオペレーションですよね。ガールズトークの文化がある女性はそのあたりの技術水準が高い。ここには圧倒的な男女のレベル差があると感じます。

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西森 『架空OL日記』で描かれるコミュニケーションでいうと、誰かに対して「あれ?」って思うことがあった場合に、当人がいなくなってから残された2人がちょっとだけツッコむのもよかった。ともすれば、いやらしいコミュニケーションに見えがちだけど、軽くツッコんで済ませることで、本人たちにストレスがたまらない。

清田 「女子はそこにいない人の悪口を言う」っていうのも一種のテンプレですが、そこを簡単に乗り越えてくる。

西森 女性に対する幻想が本当にないんですよね。

清田 やっぱり、あれだけミソジニーが強そうなバカリズムが、なぜこのような作品を書けたのか、つくづく不思議です。

西森 ドラマが始まった当初は「最後の最後でどんでん返しが来て、ミソジニー爆発で嫌な気分にさせられるんじゃないか」と危惧している人はツイッターでも見かけました。でも最後まで全然そんなことはなかった。バカリズムさんは相当な観察力を持っている人だから、それがコント「女子」みたいに悪い方向に出るときと、全然別の方向に働くときがあるのかも。とはいえ、この前、その女子力をバカにしたような以前のネタを見たんですよ。そしたら、バカリズムさんがすごく誇張した感じで、言葉遣いの面でも過剰に女子を演じていて。もちろん、ネタだからそうしないといけない部分もあると思うんですけどね。それが『架空OL日記』になると、ステレオタイプな女子を演じずに、バカリズムさんそのままでやっていて、ドラマとコントでは違うかもだけど、やっぱり相当な変化があるなと思いました。

清田 観察の結果、というのは大きいかもしれませんね。バカリズムはかつてアイドリング!!!と一緒に番組をやっていたし、それこそバラエティ番組なんかで無数の女性タレントと接してきているはず。そういう中で、ドラマで描いたような女性たちのリアルな生態を観察してきたのではないか……。ミソジニーって「女嫌い」と訳されますが、女性に過度な幻想を抱くのもミソジニーの一種ですよね。この社会で育った男には多かれ少なかれミソジニーがビルトインされていると思いますが、それを洗い落とすためには、女の人たちを一人の人間として直視する経験が必須だと思う。そういう観察の結果、男性が書いたとは思えない手つきの作品が生まれたのかもしれません。

西森 どの経験によるものかはわからないですけど、女性を一人の人間と見れないような杜撰な観察眼でできるネタなんて、今のお笑いのネタとしては弱いでしょうしね。

■「ウッチャン、『逃げ恥』、『バイプレイヤーズ』…ポリティカル・コレクトネスの中で生まれつつある新しいエンタメ 西森路代×清田隆之(桃山商事)」に続く
(構成/斎藤岬)

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