「島田洋七」の記事一覧

【島田洋七“がばい”独占手記/最終回】さんま、タモリ、紳助……天才が語る天才が天才たるゆえん

<p> 明石家さんまとは漫才ブームの時に何回か飲みに行ったけど、最近は行かんね。当時はさんま、あんまり飲まなかったからね。</p>

<p> それに、みんな、自分の世界をつくる。先輩と飲みに行ったら、せこせこせなあかんからね。自分は自分でいたいんやと思う。芸は明るくて面白い。島田紳助がいなくなってから、あの明るさとトークが余計、際立ちますね。</p>

【島田洋七“がばい”独占手記/第2回】次長課長・河本準一の“生保不正受給”騒動は「情けない!」

<p> 後輩で吉本興業の河本準一の生活保護の不正受給問題。情けないですわ。私が小さいときなんか、がばいばあちゃんがあんだけ苦労して生活保護なんか受けてないんですよ。</p>

<p> とりあえず、昔の人は働こうとしか思わなかった。うちのばあちゃんは44歳で爺さんを亡くしたとき、7人の子どもがいた。生活保護も何もなかった。7人きょうだいで長女がうちの母親なんです。「これから先どうするの?」と近所の人の方が心配する。ばあさん、くるっと振り返って「今から寝ます」と言ったらしい。</p>

【島田洋七“がばい”独占手記/第1回】「消えた」と言われて……講演会年200本!

<p> 弟弟子の島田紳助がいなくなってから、若手のお笑いが司会をやってるけど、うまくないね。紳助がネタを練りに練り上げて、相手に放り投げて笑いを取ろうとしたのに、若手は相手が失敗したのを突っ込むだけ。ネタを増やそうとしない。だから、飽きられる。</p>

<p> 紳助が辞めて、若手よりさんまの番組のほうが視聴率がいいでしょ。若手より、さんまのほうが相当おもろいもん。</p>

<p> わいも、もう一度、司会やトークショーをやって笑わしたいと、5年前の8月から“美女軍団”を擁する「オスカープロモーション」に移籍したんです。お笑いの連中の間では「どうやって、オスカーにもぐり込んだんだ?」って。米倉涼子や上戸彩、美女モデルが6,000人以上いる。そりゃ話題にもなりますよ。わいはこれまで、吉本興業しか知らんしね。辞めて4年。東京のお笑いのプロに移ったとしても、何も変わらん。お笑いじゃないところのほうが、新鮮なネタができる。新しい学校に転校したみたいで、ドキドキしてますわ。自分でビックリするような変化。普通、わいみたいな人生ないんとちゃいますか。<br />
</p>

『しくじり先生』島田洋七が語らなかった“吉本退社”全真相「事実上のクビだった」

<p><br />
 その昔、漫才ブームで一世を風靡。2004年に出版された自叙伝『佐賀のがばいばあちゃん』(徳間書店)が累計600万部を超す大ベストセラーになりながらも、テレビ界から消えていた漫才コンビ「B&B」の島田洋七が、7月18日に放送されたトークバラエティ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に登壇。事務所移籍4回、コンビ解消6回、副業失敗、参議院選落選と、しくじり人生を面白おかしく語って爆笑を誘った。<br />
</p>

芸能界復帰への動きも……? “盟友”島田洋七が明かす、島田紳助の現在

shinsuke0423.jpg

 暴力団との交際を認めて電撃引退した島田紳助が、4月に沖縄県石垣島出身のシンガーソングライター・RYOEIに楽曲を提供。作詞家として復帰したことで、再び芸能界復帰が注目されている。だが最近、紳助に会ったという、彼の兄弟子に当たる島田洋七は筆者に「『戻る気はない』と言ってましたわ」と、復帰を否定。紳助の近況とは――?

続きを読む

サブコンテンツ

このページの先頭へ